先日に引き続き、臨床試験における対照薬について考えます。
今日は「実薬対照の利点や欠点をテーマ」に取り上げてみたいと思います。
そんなに読まれないであろう真面目度が高い記事です。
宜しければお付き合いください。
参考とするのは先日と同様にICH-E10になります。
https://www.ema.europa.eu/en/ich-e10-choice-control-group-clinical-trials
前回の記事
Contents
実薬対照試験の概要
実薬対照(陽性対照)試験は、治験薬を既知の実薬と比較する試験のことです。
プラセボ対照と違い、治験薬の相手には薬効があります。
プラセボ対照の時は単純にプラセボに勝てるか?が命題だったわけですが、実薬対照の場合は2種類の命題があります。
一つは「2つの治療間の差を示すこと」、
もう一つは「2つの治療は同等であること、つまり治験薬が既存の薬と比較して劣っていないこと(非劣性)を示すこと」です。
実薬対照試験のも通常は無作為化二重盲検試験として行われます。
要は「治験薬と対照となる実薬の割り付けはランダムであり、患者さんもDr.もどちらの薬を服用しているか分からない状態」ということですね。
治験薬の非劣性を示すためには、対照薬の使用される用量や実施しようとしている試験条件下において、実対照薬による治療の有効性が確かめられている必要があります。
要は「同等であるということを示すためには、相手側もきちんと整えてあげなければならないということ」ですね。
一方で治験薬の優越性を示すためには、相手の条件が整えられていなくとも、勝ちは勝ちとして勝負をつけることはできます。
プラセボ対照と似たようなものですね。
しかし、そうであったとしても、その結果にプラセボ対照以上の意味を見出すことはできかねるため、非劣性試験と同様に相手側を整えてあげて、フェアな勝負を挑む必要があるわけですね。
例えば実薬が30mgの投与で効果を出しているところ、それを15mgにして勝負を挑んで勝ったとしても、そこにどんな意味を見出せるのであろうか?という感じです。
もちろん対照薬として選ぶ実薬についても考慮するべきです。
その疾患に対して適応がある薬剤だとしても、はるか昔に使われていたような薬剤を相手に持ってきても仕方ありませんよね?
スライムと勝負して勝ってもしかたないのです。
ストーンビーストぐらいには勝ってもらわないといけません。
要は「実薬対照は勝つというだけではなく、勝負の方法や勝ち方についても考慮する必要がある」ということです
実薬対照とする利点
倫理面
これはプラセボ対照試験と比較すると分かりやすいですね。
実薬対照試験は、治験薬に割り付けられようとも、対照薬に割り付けられようとも、いずれにせよ薬効のある薬剤を服薬することができるわけです。
つまり実薬対照試験は、重要な健康上の利益が証明されている薬を使用しないことに伴う倫理上の懸念を軽減しうるということです。
Dr.の心理的負担の軽減
プラセボの項目でも述べましたが、患者さんの同意が得られていたとしても、薬効のないプラセボを投与するという行為はDr.の心理的な負担になる可能性があったわけです。
しかし実薬対照ではどちらの群でも薬効のあるものを投与できるわけなので、Dr.の心理的負担は軽減されます。
※厳密には治験薬の薬効はまだ分かりませんが、これまでの試験を通じて、薬効がある可能性は示唆されていますよね。
患者さんの組み入れやすさ
患者さんにとっても、治験に参加することで、薬効のないプラセボを投与される可能性がなくなるということは、治験に参加する心理的なハードルが下がることとなりえます。
通常の治療を受ける可能性に加えて、まだ承認されていない、最先端(の可能性のある)の治療を受けられる可能性があるわけです。
これにより同意取得率が上がり、結果として症例の組み入れが促進される可能性があります。
脱落率/中止率の低下
プラセボが投与されると状態が悪化してしまい治験を中止にせざるを得ないケースや、患者さんがそれを察知することで同意を撤回されるケースが見受けられます。
実薬を対象とする場合は、そのリスクが下がると考えられます。
得られる情報の内容
プラセボに対する統計学的な有意差よりも、実薬に対する統計学的有意差の方が分かりやすく優越性を示すことができます。
治験薬Aがプラセボと比較して統計学的有意差を示し、承認されたとしても、既存薬Bに勝っているかということは直接比較していないので明確に言えないわけです。
それは例えA、Bが似たような治験デザインで、同じ評価スケールを用いたとしても、です。
この点は意外と勘違いされやすいので注意しないといけません。
ネットワークメタアナリシスのように間接比較を行うこともできますが、研究間に大きな矛盾がないという強い過程のもとで行う比較ですので、関節比較を含めて順位付けされた結果については、特に批判的に見ていく必要があります。
ところが実薬対照試験にて、直接対決して勝つことができれば、それは明確な優越性を示せたと言えます。
※分析感度の点はこの記事では深入りしません。
この相対的優位性というものは、医薬品を販売する上でも非常に強いデータとなります。
いま貴院で使っているBという薬剤と比較して、統計学的に有意な差を出しました!
というデータは、新薬を採用するにあたり、大きな理由付けとなりうるということです。
実薬対象とする欠点
勝つのが難しい
実薬対照試験で結果を出すのは容易ではありません。
かなりの切れ味のある画期的新薬でもないかぎり、直接対決して勝つのは難しいでしょう。
逆に言えば、実薬対照で勝っている試験は、かなり有望である可能性があります。
対照薬の調達が難しい
対照薬として使用する実薬の調達に苦戦することとなります。
いや、売ってるじゃない?市場で買えばいいじゃないの?と思われるかもしれませんが、いわゆる紳士協定により、それはなかなかできかねるのです。
そうなると対照薬を製造販売している製薬会社に、治験用に作成してもらうことになるわけですが、これがなかなか難儀な交渉となることもあります。
製造ラインを貸してもらう形になりますからね。
患者数が多くなること
一般に、「否定すべき非劣性の限界値」は保守的に選ばれます。
それは、限界値が「実薬対照が実際に持っていると期待される効果の大きさの最小値を超えないこと」に十分確実な
保証を与えるためです。
このあたりの統計学的なことは置いておいて、簡単にまとめると、
非劣性を証明するためには、必要な患者数が増えるということです。
2つの薬剤の差を示すための実薬対照優越性試験では、両薬間の差は薬とプラセボの間に期待される差よりも常に小さくなります。
「A-B<A-0」ということです。
よって、当然のことながら、この場合も必要となる患者数がプラセボ対照試験よりも増えることとなるのです。
患者数の増加は治験期間の増加や治験コストの増加につながります。
まとめ
今日は実薬対照とすることの利点や欠点について考えてきました。
プラセボ対照と比較しても、実薬対照が必ずしも優れているわけではないということがお分かりいただけたでしょうか。
求める結果や疾患特性、治療薬の背景等に応じて、どのような試験をどのように行うべきかということが決定されていくのです。
試験のコンセプトがぶれた試験、適当に計画された試験はおのずと失敗しますし、仮に結果を出すことができたとしても、その結果に意味を見いだせない、意義が薄いのであれば、失敗と同じことです。
途中でやめられずに患者さんやDr.を巻き込んで、無駄なリソースを費やしてしまったのであれば、やらないほうがよかった可能性すらありえます。
COVID-19の治療薬開発においては、意義の薄い臨床研究や臨床試験が散見されたように思います。
治験は「治療ではなく研究」です。
治療的側面があることは当然ありますが、あくまでも主軸は研究なのです。
(一部の疾患ではそうではないこともあります)
それを理解できないのであれば、治験を実施することはできませんし、意味のある結果を出すことはできません。
私にとっては、今回のCOVID-19の治療薬開発の動向は、改めて臨床試験の重要性ということを考えるきっかけとなりました。
みなさんはどう思われましたか?
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