過去に何度かPatient Centricityについて取り上げてきました。
いわゆる「患者さん中心主義」のことです
薬の開発に患者さんの声を活かそうという考え方ですね。
その最たるものとして、患者会が提案したタグリッソ(オシメルチニブ)の開発計画について、医師そして製薬会社が呼応し、実際に治験を開始する状況までたどり着いた事例が出てきました。
これはPatient Centricityが遅れている日本においては、快挙であると思います。
今日はその経緯や概要についてご紹介してみたいと思います。
タグリッソ(オシメルチニブ)について
タグリッソの概要/開発経緯
タグリッソ (一般名:オシメルチニブメシル酸塩)は、アストラゼネカが開発した上皮成長因子受容体(EGFR)のT790M遺伝子変異及び活性化変異を選択的に阻害する、初めての不可逆的EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)です。
EGFRは非小細胞肺癌(NSCLC)をはじめとする多くの固形癌で過剰発現しており、癌の増殖シグナル伝達の起点となることが知られています。
これを阻害することで癌の増殖を防ぐというのが作用機序となります。
要は「タグリッソは抗癌剤」というわけです!
同じ系統の薬剤としては薬害で有名になったイレッサがあります。
余談ですが、あれは薬害と言えど、サリドマイド等とは異り、メディアも絡んだ「現代型の薬害」であると思います。
センシティブな問題ではありますが、いつか別記事で取り上げたいと思います。
タグリッソは、既存のEGFR-TKIとは異なる特徴的な分子構造を有する薬剤であり、活性化変異のみならず、主要な耐性機序であるT790M変異に対しても作用しますが、野生型EGFRへの作用は限定的となるようデザインされ、開発された薬剤となります。
アメリカでは、2014年4月に米国食品医薬品局(FDA)からBreakthrough Therapy(ブレイクスルーセラピー:画期的治療薬)の指定を受け、2015年6月に承認申請を行い、11月に世界で初めて承認されました。
日本では、2015年8月に承認申請し、2016年3月に、「EGFRチロシンキナーゼ阻害薬に抵抗性のEGFR T790M変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」の適応で製造販売承認を取得しております。
また、2018年にEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌(NSCLC)の一次治療の適応で追加承認を取得しています。
名前の由来
ちなみに名前の由来は、
EGFR-TKI耐性変異のT790M遺伝子変異及び感受性変異を選択的に阻害することか
ら、「標的(Target)」と「耐性(Resistant)」の意味を込めて「TAGRISSO」としたそうです。
かっこいいー!!
肺がん患者の会「ワンステップ」による適応追加の要望
上記の通り、承認取得及び適応追加をしておりますが、「EGFR耐性遺伝子のT790M陰性で他剤で治療歴のある患者」は適応外となっていました。
ところが、これまでの臨床試験結果から、T790M陰性のNSCLCでも約20%に効果があり、脳転移症例にも奏効する可能性が示唆されていたのです!
しかし効果があるとしても適応を取得していなければ、保険が使えません。
実質、薬が使えないようなものです。
そのため、「適応追加が強く望まれていた」わけです。
そこで肺がん患者の会「ワンステップ」の長谷川理事長が近大腫瘍内科の中川和彦氏に対し、T790M陰性NSCLC患者を対象とした医師主導治験を提案したのです。
すごい行動力ですね!
その後、2019年3月に患者と研究者の共同でオシメルチニブを販売するアストラゼネカに支援を求める患者要望書を提出し、アストラゼネカとの交渉が行われました。
アストラゼネカはこれを受け入れ、患者提案型医師主導治験が実現したというわけです!
患者会や医師の行動力もさることながら、この提案を受け入れたアストラゼネカも称賛にあたいすると思います。
試験の概要
タグリッソの医師主導治験は2020年8月開始予定です。
多施設共同試験(いろんな施設が参加する)であり、二つのコホートで構成されています。
コホート1は、EGFR阻害剤治療後に脳転移単独増悪を認めた患者が対象で、主要評価項目として画像中央判定による転移性脳腫瘍奏効割合を検討します。
コホート2は、EGFR阻害剤、またはプラチナ製剤による治療後に腫瘍増悪を認めた患者が対象で、画像中央判定による奏効割合を評価します。
簡単に言えば「段階を踏んで行う試験」ととらえて頂ければと思います。
目標症例数は70例、試験期間は4年間となります。
アストラゼネカが支援を約束していますが、治験としては企業治験ではなく、医師主導治験となりますので、治験の責任は医師となります。
ただアストラゼネカが試験費用の負担や、治験薬の提供を行うとのことです。
まとめ
冒頭にも述べましたが、この動きは日本においては非常に画期的な動きであると思います。
実際に提案に応じて、資金や薬剤を提供するアストラゼネカも称賛されるべきです。
このフットワークの軽さ、Patient Centricityの浸透度は外資ならではなのかもしれません。
(内資でも積極的な企業はありますが、まだ試験実現まではこぎつけていません)
製薬企業はボランティアではないので、採算性という問題は付きまとうことになりますが、医薬品は患者さんのためにあるものです。
実際の患者さんの声を受け入れて、それを治験計画に落とし込み、実現に至るというのはまさに理想的な流れと言えます。
ぜひ今後もこのような動きが活発となっていくとよいと思います。
そのためには企業が聞く耳を持つこと、採算性については必要に応じて行政から補助やインセンティブの付与等を行うこと、患者自身が知識や医療リテラシーを身に着けること、声を上げる勇気を持つことが重要だと思います。
もちろん患者さんが声を上げられるような環境作りも重要ですね!
ともあれ、まずはこの試験が成功し、無事に適応拡大されることをお祈りしております。
参考
・Patient Centricityとは?
Patient Centricityとは?患者さんの意見を医薬品開発に活かそう!
・Patient Centricityの欠如
モディオダール(モダフィニル)の流通管理規制に見る、Patient Centricityの欠如
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