リニューアル後、第1弾の記事です。
はてなの最後はくだらない記事だったので、WordPress初は真面目に行きましょう!
今日は審査報告書シリーズとして、国内初の治療アプリ、Cure APPのニコチン依存症アプリを取り上げます。
これまでにない「治療アプリ」という区分の製品の承認審査。
いったいどんなところが注目されたのでしょうか。
気になる製品の概要も取り上げつつ、審査報告書の中身を見ていきましょう。
Contents
製品の概要
「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCO チェッカー」は、ニコチン依存症患者を対象とし、
「禁煙治療のための標準手順書 第7 版」に記載されている標準禁煙治療プログラムを実施する際に上乗せして使用することで、禁煙治療の補助を行うシステムのことです。
いわゆる治療アプリとして、国内で初めて承認を受けた製品ですね。
後に詳しく述べますが、現在の禁煙治療プログラムでは、診療時以外は医師の介入はありません。
それはそうですよね。
医師は背後霊ではありませんので、診療時以外にあれこれ言えませんよね。
煙草吸いそうになったら、後ろからハリセンでぶっ叩くことができれば、禁煙治療は簡単なのかもしれません。
超雑に言えば、この機器はそんな感じの役割を担っているのです。
さて話を戻しますが、本製品は、「呼気一酸化炭素濃度測定器(CO チェッカー)、患者用アプリケーション、医師用アプリケーション」により構成されています。
それぞれどんな風に使われているのかご紹介しましょう。
患者がCO チェッカーを用いて測定した呼気一酸化炭素(呼気CO)濃度は、患者アプリと医師アプリに測定結果として表示されます。
患者アプリは、患者のスマートフォン等のモバイル端末にインストールして使用され、
呼気CO 濃度の測定結果、患者が入力した喫煙状況、患者アプリからの質問に対する応答内容等により、ニコチン依存症の理解及び禁煙に関する行動変容の定着を促すメッセージ、動画等を提供します。
医師アプリは、医師の用いるワークステーション等にインストールして使用され、患者アプリの使用状況、呼気CO 濃度測定結果等を提供します。
本品の使用期間は、標準禁煙治療プログラム期間である12 週間及び当該プログラム期間終了後12 週間の計24 週間となり、医師の処方により提供されるものとなります。
何となくイメージはつきましたでしょうか。
審査報告書から製品画像を抜粋しましたので、ご参考ください。
要は「患者さんが自身で呼気中の一酸化炭素濃度を測定して、その結果と患者さん自身が入力した喫煙状況やアプリからの質疑応答内容により、患者さんの行動を変容させるようなメッセージを送ることで、患者さんの禁煙をサポートする」ということですね。
背後霊のハリセンをもう少しクレバーにした感じですよ。
あー、こんなこと言うとCure Appの方に私がハリセンくらいそうです。
審査報告書より抜粋1
審査報告書より抜粋2
審査報告書より抜粋
ニコチン依存症について
では次にニコチン依存症について見てみましょう。
ニコチン依存症とは薬物依存症の一種であり、自らの意思による禁煙が困難な状態を言います。
自らの意思により禁煙が困難な状態は薬物依存症なのです!
ニコチン依存症には、ニコチンに対する「身体的依存」と「心理的依存」の2種類の依存があります。
身体的依存は、離脱症状を伴いニコチンを摂取しないと不安症状や焦燥感等の不愉快な症状を生じる状態です。
身体的依存の治療には禁煙治療薬が有効ですね。
ファイザーのチャンピックスなどが有名でしょうか?
心理的依存とは習慣や癖により喫煙を繰り返す状態であり、日常の喫煙と結びつく場面(起床後、食後、手持ち無沙汰な時等)、他人の喫煙、ストレス等が引き金となり喫煙欲求が高まる状態を指します。
心理的依存では、喫煙で良いことがあったと感じる体験の積み重ねが心理的な条件反射を強めます。
心理的依存の治療には行動療法等の心理療法が有用であると言われています。
心理的依存は薬でどうこうするのではなく、心理療法でどうにかしていくということですね!
現在の禁煙治療では、初診時に問診、スコアリングテスト等を行い、ニコチン依存症と診断された場合には、
標準手順書に基づく標準禁煙治療プログラムに従った禁煙指導が行われています。
標準禁煙治療プログラムでは、通常、12週間の治療期間のうち、初回診療に加えて、初回診療から2週間後、4週間後、8週間後、及び12週間後の計5回の診療が行われ、
多くの場合、医療用医薬品として承認されているバレニクリン又はニコチンパッチが、禁煙治療薬として処方されています。
開発の経緯
上記の標準禁煙治療プログラムでは、診療時以外には医師等は介入しないことから、
診療間に日常生活のストレス、誘惑等により再び喫煙する可能性があり、
患者自身やその家族だけで対処することに限界があります。
だから診療の合間、日常生活において、ハリセンでぶっ叩いてくれる存在が必要なのです。
これに対し、米国のVoxiva 社は、携帯電話のショートメッセージ機能を利用し、診療間の適切な行動を促す「Text2Quit」を開発しました。
Text2Quitを用いて2011 年から2013 年の期間、503 人の喫煙者を対象に禁煙に関する教材とのランダム比
較試験が行われた結果、
主要評価項目である禁煙継続率は、症例登録6 か月後で介入群11.1%、対照群5.0%であり、ショートメッセージを利用した禁煙サポートは、既存の禁煙に関する教材等より有効であることが評価されています
また、禁煙治療におけるカウンセリング併用効果について、2008 年に実施された臨床研究のメタアナリシスでは、
薬物治療と併用しカウンセリングを行った場合、カウンセリング回数が多いほど、禁煙成功率が高まることが示されています。
以上のことから、外来診療「以外の期間」における心理的依存に対する治療介入が禁煙成功率を高める効果があると考え、この製品の開発がスタートしました。
なお禁煙治療薬の臨床試験においては、禁煙開始13 週時点から24 週時点にかけての時点禁煙率が低下していたことから、この期間の禁煙を継続支援することに臨床的なニーズがあると考えられています。
簡単にまとめると、
・標準禁煙治療プログラムで実施される外来診療以外の期間の介入に加え、
・標準禁煙治療プログラム後の治療開始後24 週目まで本品による治療介入を行うことにより、
・標準禁煙治療プログラムと同様の概念の内容を重ねて正しい知識の定着と行動変容を促すことで、
⇒禁煙治療の補助をすることを目的に開発されたということです。
また、標準禁煙治療プログラムでは、喫煙状態の客観的な診断の指標として、呼気CO 濃度測定が行われていることから、
CO チェッカーを用いて在宅で測定される呼気CO 濃度を踏まえ、
医師の診断実施及び診断に基づく治療計画策定がなされることを意図して開発されています。
有効性
では、本題の有効性について見てみましょう。
ニコチン依存症患者を対象とした標準禁煙治療プログラムにおける本品の併用効果を、対照アプリを比較対照とし検証する試験が国内で行われました。
多施設共同、無作為化、2群比較対照介入試験になります。
施設数は31施設、症例は 584例です(本品群:293例、対照群:291例)です。
主要評価項目は9~24 週における継続禁煙率でした。
主要評価項目である第9~24 週の16 週間の継続禁煙率は、
本品群が63.9%(182/285 例)、対照群が50.5%(145/287 例)で、有意な差が認められました。(p = 0.001)
なお中止した場合は禁煙失敗とみなしています。
主要評価項目は、バレニクリン(チャンピックス)の治験と同じ継続禁煙率の指標で評価されており、継続禁煙率で評価することは妥当であると言えるでしょう。
本品群と対照群の 9~24 週の継続禁煙率の差は 13.4%であり、対照群と比べ統計学的に有意な差が示されており、有効性についてはPMDAも異論を出していません。
安全性
これは面白いというか当たり前なのですが、有害事象は色々とありましたが、本品又は対照機器と関連が否定できない有害事象は認められませんでした。
治療アプリ触ったら痙攣したとか、気を失ったとか、吐き気が出たとか、風邪を引いたとか、
そーいうことはなかったわけですね。
数件ぐらい、アプリでいやな気持ちになったとか、眼がしょぼしょぼしたとかあってもいいかなと思っていましたが、一件もなかったようですね。
ちなみに有害事象とは「治験薬を服薬した患者さんに起きた全ての好ましくない、意図しない事象のこと」です。
有害事象に因果関係の有無は関係ないのです。
一方、副作用や副反応は治験薬・治験製品との因果関係が否定できないものをいうのです。
だから今回言えることは、有害事象はたくさんあったけど、副作用はなかった!ということです。
HPVワクチンで騒がれていたような事象は有害事象であって、副反応ではなかったものが相当数含まれているということですね。
参考:因果関係の考え方
https://www.luna1105kablog.com/entry/adverse-drug-reaction
考察
有効性と安全性について
有効性については有意差も出ており、既に承認された海外製品を鑑みても遜色あるものではないでしょう。
また安全性については言わずもがな、極めてリスクは低いことが見て取れます。
以上より有効性や安全性についてはすんなり受け入れられるものと思います。
行動変容アプリの医療機器該当性について
さてこの話題はやや難解ですが、要はこの治療アプリは医療機器なのかどうか?ということです。
薬機法において医療機器とは、「疾病の診断、治療若しくは予防に使用されることが目的とされている機械器具等であって、政令で定めるもの」と定義されています。
また、政令では、疾病の診断、治療、予防等を目的としたプログラムのうち、機能の障害等が生じた場合でも人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない、クラスⅠ相当のものは、医療機器から除外されることとなっています。
これらの法令における位置づけを基に、プログラム医療機器の該当性の考え方については、通知が発出されており、
プログラム医療機器の医療機器該当性を判断する際には、
「プログラム医療機器により得られた結果の重要性に鑑みて、疾病の治療、診断等にどの程度寄与するのか」、
「プログラム医療機器の機能の障害等が生じた場合において、人の生命及び健康に影響を与えるおそれを含めた、総合的なリスクの蓋然性がどの程度あるか」を考慮することとなっております。
要は「疾病の治療、診断等にどの程度寄与するか」、「総合的なリスクの蓋然性がどの程度あるか」を考えるということです。
疾患の治療や診断への寄与という点では、
対象/目的は「ニコチン依存症患者への禁煙治療補助であること」
「学会が定めた標準禁煙治療に基づき医師が実施する認知行動療法の一部を代替すること」
「個別の患者状況に応じたメッセージを表示すること」から満たしていると考えられています。
また「リスクの蓋然性」では、独自のアルゴリズムの有無として、表示されるメッセージは患者の状況により変わりうること、不具合があった際のリスクとして、適切なメッセージが表示されない場合、禁煙治療効果が失われることから、問題ないでしょう。
よって、薬食審では本製品を医療機器に該当した行動変容アプリと判断しました。
加熱式煙草にも効果があるのか?
加熱式煙草では一酸化炭素があまり出ませんので、COチェッカーで確認することはできません。
この点について、本製品は効力を及ぼすことができるのでしょうか。
この疑問に対して、申請者はCOチェッカーが禁煙継続に関与しないとするシステマティックレビューの論文を提示して、何とか通そうとしていますが、結論から申し上げますとこれは却下されました。
これは申請者が説明しているシステマティックレビューの文献においては、
本品の CO チェッカーのように1日1回、在宅で呼気 CO 濃度測定を行った場合の継続禁煙については言及しておらず、CO チェッカーによる毎日の呼気 CO濃度測定が継続禁煙に寄与していないとは言えないこと、
そして、本治験の結果については、CO チェッカーを一度も使用しなかった症例がほとんどおらず、
呼気 CO 濃度を測定した患者において呼気 CO 濃度の測定回数の差及び呼気CO測定率の差を説明しており、呼気CO濃度の測定を全く行わなかった場合の呼気CO濃度測定の継続禁煙率への影響は依然として不明であるということ
上記より、測定した呼気 CO 濃度の結果を医師が確認できる機能がなかった場合に同様の継続禁煙率が得られたかについて不明であり、
結果として、加熱式たばこ等のみを使用する患者に対し本品が本治験と同等の効果を得られるかは不明と言わざるを得ないからです。
私の勝手な予想ですが、Cure Appは昨今の煙草事情を鑑みて、加熱式煙草の治験を行うのではないかと読んでいます。
ただしその際はCOチェッカー使用を前提としたアルゴリズムを変更する必要があるでしょう。
そうすると次に出てくる疑問は「アルゴリズムの変更をどう考えるか」ということです。
アプリのアルゴリズム変更はどのように取り扱うのか?
医薬品の成分を変えたら、それはもう違う薬ですよね?
官能基一つつければ薬効だって変わります!
さてこの治療アプリは患者さんの情報をもとに、適切な行動変容を促すわけです。
そこにはある種のアルゴリズムが存在しています。
このアルゴリズムは不変でしょうか?
変えた場合は、再度治験を行うべきでしょうか?
この点について考えるうえで、「何が承認されたかが重要」です
本製品のアルゴリズムは実は「全て承認書に記載されている」のです。
つまりアルゴリズムが承認されたものに含まれます。
だからアルゴリズムを、変更する場合には、どのような変更であっても、一部変更承認申請や軽微変更届等の変更手続が必要になります。
また、もし有効性に寄与する変更をする場合には、一部変更承認申請が当然必要になります。
この辺りは簡単に線引きできるところではなく、前例もないため、Cure Appが本製品に改良を加えたい場合は、その都度、PMDAと協議を重ねていく必要があると思われます。
なお本件については、PMDAは次世代医療機器の評価指標作成事業で検討していくとのことですよ。
なお、対照群の設定についてはもっと突っ込みたいところでしたが、マスキングが多くて本記事で考察はできませんでしたので、悪しからず。
まとめ
さて今日は初の治療アプリの審査報告書について見てみました。
薬食審も時間を超過して議論も白熱していましたね。
最後の方でCOチェッカーの廃棄方法について、騒いでいる委員がいて、
「それは有効性/安全性関係ないやろー?(意訳)」って、
PMDAの方が突っ込んでいった辺りが、個人的にお気に入りポイントでした。
参加していませんのでね。
冗談はさておき、新しいところに切り込んでいくということは、開発側はもちろんとして、審査する側もなかなか大変だということが見て取れました。
次に大変なのは処方する側の医師や使う側の患者さんですね。
恐らく高齢の方やアプリに拒否感を抱かれる方は、使うことはできないでしょう。
その辺りの「医療格差」というものも今後問題となっていくのかもしれませんね。