みなさんラジカットはご存知ですか?
その名の通り、フリーラジカルを補足するという作用機序を持ちます。
一般名はエダラボンといいます。
かぷかぷ笑うあれではありませんよ?
審査報告書シリーズでは商品名で記載していますが、今日はエダラボンで記載させて頂きます。
なぜって書き終わった後に気づいたんですよ。
エダラボンは脳保護剤として有名であり、急性の脳虚血発作や脳梗塞後の血流再開時に発生するラジカルを捕えて脳神経を保護する働きを持っているのです。
強力な抗酸化剤みたいなものですね。
ラジカルを補足する作用機序とクラムボンの泡のイメージで、すんなり覚えられる薬でした。
しかし私は学生の頃から、
という疑念を持っていました。
みなさんはいかがですか?
そんなエダラボンですが、2015年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行抑制で適応を取っています。
今日はそのエダラボンの適応追加について、審査報告書をもとに考えてみましょう。
Contents
エダラボンについて
エダラボンは随分と歴史の古いお薬です。
1984年に現在の田辺三菱製薬にて創製されました。
冒頭で述べましたが、作用機序はフリーラジカルを捉える。
つまり抗酸化剤です。
誤解を恐れずに言えば、ビタミンCみたいなものです。
エダラボンはラジカットという商品名にて、2001年に脳梗塞急性期に伴う、神経症候、日常生活動作障害、機能障害の改善」の効果・効能で承認されています。
この適応では海外では承認されていなかったと思います。
少なくとも2015年時点では承認されていませんでした。
昔ながらの日本的なお薬と言えるでしょう。
さて、だいたい私のこの薬へのスタンスは分かりましたか?
学校で習った時も、どうにも釈然としない感覚を覚えたものです。
現場の先生方のご意見もぜひ聞いてみたいところです。
しかしそれは脳保護薬に対するスタンスです。
有効な治療薬がほとんどないALSに対してはまた少し違った観点で見る必要があります。
ALSについて
まずはALSがどんな疾患であるか、復習してみましょう。
筋委縮性側索硬化症(ALS)は上位、下位運動ニューロンが散発性・進行性に変性・脱落する神経変性疾患です。
全身の筋委縮や筋力の低下を生じ、発症から亡くなるもしくは侵襲的換気が必要となるまでの期間は、中央値で20-48か月と言われています。
この20-48か月というのは重要です。
覚えておいてください。
また期間に幅がある、症状の進行に個人差が大きいのも着目すべき点ですね。
日本では1年あたり10万人に1.1~2.5人が発症し、有病率は10万人に7-11人と推定されています。
60-70歳での発症が最も多く、男性のほうが女性よりも1.3倍~1.4倍の発症率があります。(ALS診療ガイドライン2013)
議員の方にもおられるので、ご存知の方も多い疾患だと思います。
先日痛ましい事件もありましたね。
非常にQOLに影響する疾患であり、画期的な治療薬が待ち望まれている疾患ということが分かるかと思います。
エダラボンの適応追加時点では、国内ではリルゾールのみしか適応はありませんでした。
そこにエダラボンが切り込んでいったわけです。
しかしエダラボンは、先日紹介したビルテプソやゾルゲンスマのような、疾患の発症要因にせまるような画期的な薬ではありません。
そもそも発症要因がよく分からないのです。
ですので、エダラボンが画期的な新薬ではないところは、仕方のないことでもあります。
そこを押さえた上で、有効性について考えてみましょう
有効性
有効性については検証的試験の2試験をもとに見てみましょう。
検証的試験1
日本人ALS 患者(目標症例数200 例: プラセボ群及び本剤群各100 例)を対象に、
有効性及び安全性を検討するため、プラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験です。
主要評価項目はALSFRS-R スコアでした。
投与クール等の詳細説明は冗長になるので避けますが、結論から述べますと、主要評価項目でプラセボ群と本剤群の間に統計学的な有意差は認められませんでした。
1つ目の試験は失敗してしまいました。
しかし、種々の事情もあり(ここには某医療法人のやや黒い話もありますが、ちょっとここには・・・)、
田辺さんは再チャレンジすることになります。
失敗した要因は症状が進行した患者さんを組み入れたことであるとして、対象患者を軽症に絞り、試験を組みました。
検証的試験2
こちらの試験が有効性を示した本命の試験ですので、少し詳しく見てみましょう。
日本人ALS患者(重症度分類1-2度、%FVC80%以上、ALSFRS-Rの全項目が2点以上、ALS発症2年以内)を対象にしたプラセボ対照無作為化二重盲検並行群間比較試験です。
プラセボ、実薬の2群で各群64例の合計128例が対象でした。
投与は60分かけて1日1回の静脈投与。
投与期間は2週間連日投与とそれに続く2週間の休薬期間を第1クールとして、
第1クール終了後に同じ用法/用量による2週間のうち計10日間の投与と、それに続く2週間かの休薬期間からなるクールを5回繰り返しています(第2-6クール)
ただ経口で服薬すればよいというのではないのです。
静脈投与で厳密な投与クールが組まれています。
これはなかなか大変だ。
二重盲検期終了後には、実薬期が設定されています
さて、結果はどうだったでしょうか?
主要評価項目である二重盲検期における第1クール投与開始前から第6クール投与終了2週後又は中止時までのALSFRS-R スコアの変化量下記のとおりであり、プラセボ群と本剤群の間に統計学的な有意差が認められました。
なんと、対象を軽度に絞ったら有意差を出すことができました!
P値はとてもきれいですね。
しかしALSFRS-Rの変化量にどこまでの臨床的な意義があるのか?
ここは考察部分で考えてみます。
いずれにせよ再度実施した試験では、統計学的な有意差を何とか出すことができました。
これが有効性の根拠となり、承認に至ったわけです。
考察
さて、上記試験の統計学的有意差を出した結果を踏まえて、承認には至ったわけですが、色々と疑問が生じる部分があると思います。
私が感じた疑問と、それに対する考察を審査報告書や薬食審の議事録を踏まえてみていきましょう
ALS治療におけるエダラボンの意義はあるか?
まずはこの薬の位置づけです。
根治的な治療薬ではないエダラボンが本当に医療現場に求められているのかという、根本的な問題について考えてみましょう。
現在ALS に対する根治療法は存在せず、世界的に見ても薬物療法としてリルゾールの経口投与が推奨・使用されているのみであり、ALSの病態の進行に伴って出現する嚥下障害、呼吸機能障害等に対しては対症療法が行われているのが現状になります。
そのリルゾールについても、亡くなったり人工呼吸器装着のための挿管若しくは気管切開までの期間を平均2-3ヶ月延長するとされていますが(日本神経学会, 筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013, 2013)、
リルゾールの国内第Ⅲ相試験では、主要評価項目として設定された「亡くなるもしくは一定の病勢進展までの期間」において、プラセボに対するリルゾールの優越性が示されていません。
つまり唯一適応を取っているリルゾールもちょっと怪しい状態ということです。
そのような中、エダラボンは、検証的試験2において、対象患者が限定されていること、主要評価項目として亡くなる又は一定の病態の進行までの期間ではなく、「ALSFRS-R スコア変化量を設定している」等の留意点はあるものの、
プラセボに対する優越性が示されており、ALSにおける機能障害の進行抑制が示されたこと、リルゾールと作用機序が異なることを踏まえると、
エダラボンはALS 治療における重要な治療選択肢になるのではないかと考えられています。
PMDAにおいても、
ALSが重篤かつ致死的な疾患であること、
日本人患者において有効性が検証された治療薬が存在していない現状を鑑みて、
エダラボンが検証的試験において、ALSにおける機能障害の進行抑制が確認されたことの意義は大きく、
ALS治療における新たな治療選択肢となり得るものになるだろうということが認められました。
先日のビルテプソのところでもありましたが、エダラボンはリルゾールが有意差を出すことができなかった評価項目を変えているのですね。
つまり主要評価項目をALSFRS-Rに変更したことが勝利のカギでもあるということです。
この評価スケールの妥当性はどうでしょうか?
結果の臨床的意義とともに次の項目で考えてみましょう。
主要評価項目ALSFRS-Rにおける有意差に臨床的な意義はあるか?
主要評価項目の妥当性
まず主要評価項目をALSFRS-Rとした根拠から考えてみましょう。
田辺さんの見解としては、下記のとおりです。
エダラボンは点滴静注製剤であり、被験者の負担が経口剤と比較して大きいこと、医療機関に通院又は入院しての投与が必要になることから、
6ヶ月を超える長期間のプラセボ対照試験の実施は困難であると考えました
これはつまり亡くなる又は一定の病態の進行までの期間を主要評価に据えるのは無理があるという主張でもあります。
そこで持ち出したのが機能障害の評価指標であるALSFRS-Rです。
ALSFRS-Rは、国際的にもALS 患者を対象とした臨床試験において広く用いられるALS 重症度スケールとされています。(日本神経学会, 筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013, 2013)、
また他の複数の薬剤の海外臨床試験において主要評価項目としての使用実績があり、
さらに、初回来院時のALSFRS-R スコアがALS患者における亡くなる又は気管切開の予測因子となると報告されています。
日本においても、日本人の生活様式を考慮して若干の修正が加えられた日本語版ALSFRS-Rが作成されましたが、日本語版ALSFRS-R はALSの臨床症状を評価する上で、合計スコア及び項目別スコアともに信頼性があり、臨床評価に用いることが可能であると考えられたとの報告もあります。
要は海外の臨床試験も使われているし、重症化の予測因子にもなりうるスケールであるという主張です。
これを受けたPMDAの見解ですが、
田辺さんの主張を受け入れ、ALSFRS-Rを用いることの妥当性を認めました。
もう一度その理由をまとめましょう
- ALSにおいては亡くなる、呼吸障害に伴う気管切開や人工呼吸器装着が臨床的に重要なイベントであるため、それらのイベントの抑制効果を確認することは重要であるが、国内のALS 患者数は極めて限られており、一定の評価期間で十分なイベント数を得られる規模の臨床試験の実施は困難と考えられる
- 本剤は2 週間おきに約2週間連日の点滴静注が必要であり、長期間にわたる通院・入院を伴う臨床試験の実施は対象患者集団を考慮すると困難と考えられる
- ALSFRS-R には、ALS における機能障害の評価尺度として国際的に一定の使用実績がある
結果の臨床的意義
次に結果の臨床的意義について考えます。
MCI186-19 試験(検証的試験2)における各群のALSFRS-R スコアの経時推移は上記のとおりです。
ほぼ直線的に低下してますね。
そして、実薬投与群の第6クール投与終了2週後のALSFRS-R スコアの平均値(37.5)はプラセボ群の第4クール投与終了2 週後のスコアの平均値(37.8)と同程度であり、実薬群の6 ヶ月後の状態にプラセボ群では4ヶ月時点で至っていたことが確認できます。
つまりエダラボン6クールの投与により機能障害の進行を約2ヶ月分遅延させることが期待できるものと考えられたのです。
亡くなるまでの期間は20-48か月です。
2か月は大きいのかもしれません。
ただ病態の進行に関するイベント数及びイベント発生までの期間のいずれにおいても、本剤群とプラセボ群との間に統計学的な有意差は認められていません。
一応、%FVC による呼吸機能評価において、統計学的に有意ではないものの、本剤群で呼吸機能の低下が緩やかになる傾向が認められたことから、本剤の投与によるALS の病態の進行に対する抑制効果は一貫して認められているものと考えられてはいますが、ちょっと苦しい言い訳かなと思います。
あくまで評価スケールを用いて、機能障害の進行が抑えられる「かも」ということを間接的に示しているにとどまっているわけですね。
ビルテプソだって同じじゃん!と思われるかもしれませんが、ビルテプソは対症療法ではないという点は考慮するべきかと思います。
エダラボンに臨床的意義を見出したことには、治療薬がほぼないという疾患の置かれている環境が大きく影響しているのではないでしょうか?
この点は議論が残るところではないかと思います。
参考:統計学的有意差と臨床的意義
https://www.luna1105kablog.com/entry/toukei-clinical-trials
重症度3以上の方に投与する意義はあるか?
さて、エダラボンは「臨床において居場所はある」
そして今回出した「統計学的有意差は、症状の進行を2か月抑えられるという点で臨床的意義もある」
ということが分かりました。
しかしそれは重症度が1-2の軽度の方においてです。
重症度3以上の方に投与する意義は存在するのでしょうか?
そもそもです。
重症度3以上の方も含めて投与した試験(検証試験①)は失敗しているのです。
厳密に言えば、有効性を示せたのは、重症度1-2の方のみであり、
それ以外の患者さんに対して効果があるかどうかは分からないのです。
今回は省略しましたが、エダラボンには安全性上のリスクも少しあります。
またALSの方に病院に来ていただき、薬の投与を行うことは容易ではありません。
検証試験の投与クールを見てください。
経口投与ではなく、複雑な静脈投与による投与クールが設定されています。
「病院に行く」という行為自体が、ALS患者さんやご家族の大きな負担となりうるのです。
そんな中、効果が認められていない重症度方に対して、エダラボンを投与する意義はあるのでしょうか?
PMDAとしては、リスクベネフィットを考慮して慎重に投与するべきと結論付けています。
見解をまとめると下記のとおりです。
- 現時点で本剤の投与を妨げる程の安全性上の問題は示唆されていない
- ALS が重篤かつ致死的な疾患であり、既存の治療方法が限定されているなかで、病態の進行に伴って本剤の投与を中止するよう一律の規定を定めることは医療上適切とは考えられない
要は「投与のリスクが比較的低い、他に薬ないのに症状の進行に従い治療をやめることは医療上できない」ということです。
効果があるかは分からない、むしろないというデータが示唆されているが、辞めるわけにもいかないということです。
私は普通の疾患(という言い方は適切ではないですが)で、他に薬があるならこの選択はおかしいと思います。
しかしALSには他に有効な手がありません。
そんな中、「もう薬の効果がないから、治療辞めますね」とはできないのは分かります。
効果がないという証明がなされたわけではないと言えなくもないのですからね。
ここは合理的な判断だけではいけないのかもしれません。
医療現場や患者さん、ご家族のことを考えると、この結論は妥当なのだと思います。
しかし、非常に難しい問題です。
その治療は無駄ではないか?と言われると、明確なエビデンスをもって対抗できないのかもしれません。
参考:費用対効果
まとめ
今日はエダラボンのALSに関する追加適応について見てきました。
「有効な治療薬がほぼない中で出てきたエダラボン。
症状の進行を2か月遅らせることができるという効果。
安全性上のリスクもないわけではない。
自分がALSだったら、使いたいと思うかもしれない。
2か月はきっと貴重だ。
しかし臨床的な意義はどこまであるのか?
少し重くなれば効果はないかもしれない。
ALSの進行速度は人によって大きく異なる。
この2か月の進行抑制というところも、どこまで指標として妥当であるかは分からない。
脳保護薬としてのエダラボンよりも、きっと意義はあるはず。
治療薬のほとんどないALSに光をもたらしたのも、きっと事実。
しかし画期的な薬であると言えるのだろうか?
患者さんが期待するような夢の薬には遠い。」
・・・なんて、なかなかすっきりしない印象を持っています。
単純に治療薬がほぼないALSに効果があったのだと喜ぶべきなのでしょうか?
この薬についての考え方は、ALSの患者さんの中でも、医師や薬剤師、我々開発側においても、意見が分かれるところなのかもしれませんし、私が変わっているだけなのかもしれません。
みなさんはどう思われますか?