菅総理になり、毎年の薬価改定が示唆されています。
要は「毎年薬価下げてやんよ?」という脅しです。
薬価引き下げや後発医薬品の推進については、日ごろからTwitterでもぶぅぶぅ言っています。
あれでも抑えているほうなのです。
その度に製薬関係や一部の医療関係者の方には熱い賛同を頂き、溜飲を下げることになっておりますが、一般の方にはいまいち伝わっていないのではないかと、最近思っています。
今日は薬価について復習しつつ、安易に薬価を下げることにどんな弊害があるのかについて、簡単に考えを述べたいと思います。
私が製薬界隈の人間であるため、バイアスがあることを念頭にお読みください。
Contents
薬価とは?
薬価とは医薬品の公定価格のことです。
健康保険が適用される医薬品の価格は全て国が決めているのです。
早速ですが、ここはとても大事なことです。
日本における薬価は、製薬会社が決めているわけではないのです。
そして薬価についてその決定方法には次に述べるような厳密なルールがあります。
一部で指摘されるようなブラックボックス的なことは、ほぼありません。
大前提なのですが、これらを勘違いしている方はたくさんおられます。
この事実を理解するだけでも、製薬会社を見る目が変わるのではないでしょうか?
薬価はどのように決める?
それではその薬価はどのようなルールで算定されるか見てみましょう。
と、言いつつもここで詳しく述べるとそれだけで大変な文量になります。
以前軽くまとめたのでそちらをご参照ください。(手抜き)
簡単にまとめると上の図のような感じです。
類似薬があるかないかで2通りに分けられ、類似薬がある場合、それよりイケてなければめっちゃ安くしちゃうよー!という感じです。
薬価算定の実例
ちょっとイメージしにくい方のために、薬価算定の例を用意しましょう。
半年前に話題に上がった1億越えの超高額薬ゾルゲンスマの薬価のつけ方です。
と、言いつつもここで詳しく述べるとそれだけで大変な文量になります。
以前軽くまとめたのでそちらをご参照ください。(手抜き)
簡単にまとめると下記のような感じです。
- 基準薬価:既存類似薬スピンラザ11本分(1億442万3264円)
- 補正加算①:有用性加算Ⅰ(50%)
- 補正加算②:先駆け審査加算(10%)
薬価:1億442万3264円×1.6=1億6707万7222円
このように私のような薬価の素人でもルールに従い簡単に計算できるのです。
あれはノバルティスさんがぼったくったわけではないのですね。
ただこの加算の部分についてはやや見えにくい点は一部あるのは事実です。
原価計算方式だと更に見えにくい点も、まぁないとは言わない。
でもそこまで大局に影響するものでもないはずです。
薬価改定とは?
さて、薬価についてと、実際にどのように薬価がつけられるのかを見てきました。
次に理解すべきは薬価改定についてです。
薬価改定とは、そのままの意味です。
薬価を見直し、改めて薬価をつけることです。
見直しというと増額もあるような印象かもですが、ほぼあり得ません。
すなわち、薬価改定とは薬価引き下げと読み替えても差し支えありません。
通常の薬価改定は2年に1回、4月の診療報酬改定にあわせて行われます。
この薬価は原則次の改定まで変わりません。
なお、このルールをぶっ飛ばしたこともあります。
元祖超高額薬のオプジーボの時にできた特例市場拡大再算定制度ですね。
個人的には薬価関連で一番気に食わない制度ですね。
下記の記事にご紹介していますので、興味ある方はご覧ください。
さて話が飛びましたが、通常は2年に1回行われる薬価改定を毎年行おうというのが、菅総理の主張であります。
これが冒頭につながるわけです。
つまりはこれを言い換えると、
2年に1回薬価下げてたけど、毎年下げてやんよ?
となるわけです。
製薬会社側の都合はお分かりになりましたか?
薬価改定については、製薬会社側だけでなく、医薬品卸や医療機関、薬局にとっても面倒な事柄になります。
次にその点をまとめておきましょう。
医薬品卸にとっての薬価
さて薬価は公定価格であるということは先に述べたとおりですが、それだけでは一部しか見えていません。
薬を患者さんに処方する、すなわち、最終的に患者さんに渡すところである医療機関や薬局は、患者さんに処方した薬の費用を定められた薬価に基づき請求します。
ところが、製薬企業から医薬品卸に販売される価格、そして医薬品卸売業者から医療機関や薬局に販売される価格は自由なのです。
製薬会社⇒医薬品卸⇒医療機関/薬局の薬価は自由!!
これがややこしい。
公定価格と自由競争が混在しているわけですね。
ここで商売の基本を思い出しましょう。
安く買って高く売る。
つまり医療機関・薬局は卸からの仕入れ値と公定価格である薬価との差額を儲けとして得られます。
これが薬価差益です。
だから医療機関や薬局は卸と交渉して、なるべく安く医薬品を仕入れるのです。
もちろんその価格は公定価格である薬価より低いのですね。
なおここでは詳しく述べませんが、薬価改定においてはこの卸から医療機関・薬局に販売された価格(市場実勢価格)に合わせて薬価を引き下げるのが基本となります。
そのため市場実勢価格の調査が必要となるのです。
薬価削減の影響
長々と述べてきましたが薬価についてご理解いただけましたか?
それでは本題、薬価を下げると何が宜しくないのかを見ていきましょう。
イノベーションの阻害
ちょっと洒落た表現で書きましたが、要は新薬ができなくなっちゃうよ?ということです。
COVID-19下で治療薬なりワクチンなりが、ぽんぽこできていますが、これを通常だと思わないでください。
審査に1か月とかもありえません。
しつこい?
いやこれは私がCOVID-19後の世の中でもっとも危惧していることの一つなのです。
薬の開発って思ったより簡単じゃん?って思われるのは心外なのです。
薬の開発には多大な費用と時間がかかります。
製薬会社は儲けすぎとかいう人もいますが、製薬会社はとても不安定な業態です。
数多の医薬品候補が世に出ることなく消えていきました。
その候補に費やしたリソースはすさまじいものなのです。
そして薬を出してその薬が売れたとしても、特許が切れればおしまいです。
途中でもっと画期的な薬がでてくるかもしれません。
言い方を変えれば自転車操業のようなものです。
もちろん医薬品のライフサイクルマネジメントや開発戦略を上手に行うことで、この業績の波をなるべく減らして経営を行っていますが、それでもある種の綱渡りなのです。
儲けすぎではなく、儲けられるときに儲けておかねばならないのです。
ですので、私としては製薬企業は儲けすぎと言われると、かなりイラっとするわけです。
製薬企業の利益は主に医薬品を売って稼いでいます。
つまり薬価改定で薬価が引き下げられると、医薬品卸への販売価格もおのずと下がることになり、製薬企業の利益を圧迫します。
そうすると新薬開発にかけるお金が圧縮されることになり、新薬の開発が滞り、新薬ができなくなるというわけです。
中医協・薬価専門部会においても、日本製薬団体連合会と米国研究製薬工業協会(PhRMA)、欧州製薬団体連合会(EFPIA)の業界3団体が、「企業の競争力を弱体化させ、イノベーションの創出や医薬品の安定供給など、保険医療に貢献する医薬品の提供に重大な支障を及ぼすことになる」とぶちぎれ・・・ではなく指摘しています。
ドラッグラグの再来
ドラッグラグという言葉をご存じですか?
簡単にいうと海外で使える新薬が日本で使えるようになるまでにラグが発生することを言います。
一昔前まではこのドラッグラグが大きな問題となっていました。
しかし主にPMDAの努力により審査体制が充実したことにより、このドラッグラグはだいぶ解消されてきたのです。
しかし毎年薬価を改定することにより、日本市場の価値が下がれば、このドラッグラグが再来する恐れがあります。
それは外資であって日本の企業は日本市場を見捨てないと思いますか?
製薬企業をボランティアか何かと勘違いしていませんかね?
我々は趣味で薬を作っているわけではありません。
儲からない市場は切り捨てることも考慮に入れます。
もちろん一番は患者さんの利益のために薬を作っています。
それはどの企業も変わらぬ思いなはずです。
しかしそれは利益あってのことです。
利益を上げなければ企業は存続することはできず、新薬を患者さんに届けることはできなくなります。
国内企業と言えどグローバル展開していない企業は少数派であり、大多数の企業はグローバルで戦っています。
それに漢字の企業でも中身は外資なんてところもありますね。
つまり日本市場の魅力がなくなれば、日本に新薬を上市しなくなるということです。
私個人としては、やはり日本人として日本で薬を出したいけど、それがかなわぬ状況にもなりかねないのです。
これは官製ドラッグラグと後に呼ばれることになるかもしれません。
なお薬価改定の問題を無視すれば日本市場は魅力的です。
国民皆保険制度で高い薬も使われますしね。
アメリカでは薬価を自由につけられますので、一番魅力的なのはアメリカではありますが。
この辺のお話は下記にまとめています。
医薬品卸や医療機関、薬局への影響
医療機関や薬局は公定薬価を請求し、卸から仕入れた差額から薬価差益を得ています。
薬価が下がればそれだけ利益を圧迫しますので、卸からは更に安く買いたいとなるのは必然です。
つまり医薬品卸は医療機関との価格交渉が厳しくなるということです。
卸のことはあまり詳しくないのでこのぐらいにしておきます。
医療機関や薬局としては在庫の問題もありますね。
請求できる薬価が下がってしまうわけですから、高い価格でたくさん仕入れてしまうと後々大変なことになるのです。
そのため在庫を絞る方向で動きます。
医療機関や薬局の経営上も薬価改定はリスクになるのです。
薬価下げることの意義?
薬価を下げることに多くのデメリットがあることはお分かりいただけましたか?
では薬価を下げることのメリットは何でしょうか?
これは分かりやすいですね。医療費の削減です。
しかしここに大きな罠があります。
みなさん、医薬品にかかる医療費財政の割合がとんでもなく高いと思っていませんか?
詳しくは下記の記事に載せました。
医療費における薬剤費の割合はせいぜい2-3割です。
薬価だけを目の敵にしても、医療財政は健全化しないのです!
薬価を下げればいいというのがいかに愚かか分かっていただけましたか?
まとめ
今日は薬価について、過去の記事もフル活用しながら熱く語ってきました。
過去の記事が力を合わせる展開で、私は個人的にいま燃えているところです。
とか言いたいところです。
すいません。
こんなにキレ気味真面目トーンで来たのに。
ともかく!
安易に薬価を下げるといいことないぞ!
それは製薬会社だけでなく、医薬品卸も医療機関も薬局も。
そして新薬の恩恵を享受する患者さんにとっても!!
ということが伝われば、私としては満足であります。