うつ病、統合失調症、パーキンソン病など。
精神神経疾患には様々な疾患があり、症状も多岐に渡ります。
それぞれの疾患については、例えばセロトニンという神経伝達物質が過剰だとか不足しているとか、ドパミン受容体という受容体がダウンレギュレーションしているだとか、疾患の状態についてはある程度分かっておりますが、その状態を正常に戻すという対症療法的な治療をしているのが現状です。
最新の抗うつ薬トリンテリックスだって、セロトニンを補い(再取り込み阻害)、かつセロトニン受容体を刺激するという単純な作用機序なわけです。
つまり精神疾患については根本的な原因が分かっていないということです。
だから精神疾患には根本的な治療法がないのです。
精神疾患の方の脳を取り出して実験するわけにはいきませんので、なかなか難しい問題ですね。
しかしこれが精神疾患における薬物療法の満足度が低い大きな原因の一つとなっています。
やっとのことで精神科を受診したのに、副作用我慢して薬を服薬しているのに、ずっと服薬を続けているのに、効果が微妙というのは、何とも言えず申し訳ない気持ちになります。
ところが近年、これまでの常識を塗り替える、というかもう少し上流に遡る学説が提唱されています。
多岐に渡る精神疾患の原因の一つが「脳の炎症である」という学説です。
これを精神疾患の炎症仮説と呼びます。
なぞの大学が提唱しているとんでも学説ではなくて、日本神経精神薬理学会等でも専門のシンポジウムが設けられているほどの注目を浴びている由緒正しき学説です。
今日はその「精神疾患の炎症仮説」について、最新の知見を交えて簡単に解説します。
私はこの分野の専門家というわけではないので、あくまで触りだけです。
ご興味を持たれるようでしたら、文献をご参照ください。
※多少表現をマイルドにしている部分もあります。あくまでとっつき重視です。
要約
・免疫細胞活性化→炎症→神経障害→精神疾患の可能性
・脳の炎症はアルツハイマー型認知症の原因の一つとなる可能性
・精神疾患の鑑別自体が不要になる可能性?(飛躍)
・精神疾患に対する万能薬が開発される可能性??(すっごい飛躍)
精神疾患の炎症仮説
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
専門的内容になりますので、難しい方は飛ばして頂いて、太字だけご覧ください。
脳内にはミクログリアという細胞があります。
このミクログリアは免疫担当細胞でありますが、中枢神経系の神経炎症のみではなく、シナプスや神経細胞を貪食したり、活性化させることで、神経回路形成や神経伝達の恒常性維持においても重要な役割を担っています。
ミクログリアは感染、組織損傷、虚血や神経変性などに応答し活性化されると、標的部位において、異物を貪食し,炎症性サイトカインやフリーラジカル等の細胞障害因子や脳由来神経栄養因子(BDNF)を含む神経栄養因子を産生・放出します。
ミクログリアにも炎症を引き起こすやつと、神経を伸ばすやつがいるということです。
学術的に述べると、ミクログリアM1が炎症性サイトカインを放出、M2がBDNFを放出します。
一部抗うつ薬ではM2が増加することが報告されていますね。
さて、ミクログリアの活性化によって、酸化窒素が誘導され細胞内での抗酸化物質が枯渇し、過酸化を招く活性酸素(ROS)が上昇すると、神経細胞障害をきたします。
そして障害された神経細胞から、グルタミン酸が細胞外に放出され、さらなる細胞障害をきたすとともにミクログリアを活性化させてしまいます(悪循環)
この神経の傷害が各種精神疾患の原因として考えられるという説です。
要は「免疫細胞活性化→炎症→神経障害→精神疾患」という論法です。
詳細は各種文献にゆだねるとして、ごく簡単にまとめると上記のようになります。
アルツハイマー型認知症の原因にもなっている可能性
アルツハイマー型認知症の原因ははっきりしていません。
老人斑の出現、アミロイドβの凝集などが確認されておりますが、それがなぜ、どのように発生するのか、どうすれば発生を防げるのかは明確ではありません。
中には炎症がアミロイドβの凝集に関与しているという学説もあるのです。
糖尿病などが認知症のリスクなのは、炎症が誘発されているからかもしれません。
アルツハイマー型認知症に対する新たなアプローチが期待できるかもしれません。
抗炎症薬の活躍の可能性
炎症なのだから抗炎症薬使えばいいのでは?と思われた方もいるかもしれません。
お考えの通り、実際に抗炎症薬を精神疾患モデルマウスに投与している研究もあります。
ただ脳への移行率や副作用の問題などが解決できていない点や、どうしても古い薬となると特許の問題もあり、製薬会社として積極的に手を出せる状況かというと難しいところです。
精神疾患治療の未来
精神疾患の根本の原因が炎症だとすると、その炎症をどうにかすることができれば、精神疾患をまるっと治療することができるようになるかもしれません。
仮に炎症が根本的な原因ではないとしても、既存の薬が効きにくい原因の一つになっているかもしれません。
例えば難治性大うつ病の原因が炎症という仮説もあります。
精神疾患は鑑別の難しい疾患です。
大うつ病や双極性障害、適応障害等、専門医でも鑑別を誤ることがあります。
もし根本原因が明らかとなれば、「鑑別自体が不要になるかも」しれません。
更に飛躍した考えではありますが、「精神疾患に対する万能薬が開発される可能性」もあります。
万が一そのような薬が開発された場合、製薬企業やバイオベンチャーに激震が起こることになります。
これまでの薬剤が淘汰される可能性があるからですね。
それでもこのような薬剤を開発することは、精神疾患治療薬における究極の目標といっても過言ではないでしょう。
まとめ
精神疾患の炎症仮説について、まとめてみました。
こちらは以前学会に参加したときの内容を参考に作成していますので、難解な部分があったかと思いますが、いかがでしたでしょうか。
たまには学術的な内容でもと思って記載してみました。
(昨日くだらないtweetしたし)
医学薬学の分野は日進月歩です。
医学の歴史をたどってみると、疾患の原因に対する説が大きく変わったことがたくさんあります。
それは新たな治療への糸口となり、医学の進歩を後押ししてきました。
近い将来、精神疾患の原因が解明され、精神疾患を真の意味で治療できるような日が来ることを信じています。
そのためにも、私のように開発に従事する側は日々研鑽していかないといけないですね!
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