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モディオダール(モダフィニル)の流通管理規制に見る、Patient Centricityの欠如

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モディオダール(モダフィニル)というお薬はご存知ですか?

ナルコレプシーに対する治療薬として承認されていましたが、2020年の2月に特発性過眠症に対して適応が追加されたお薬です。

 

このモディオダールはこれまでは流通に特に制限がありませんでしたが、この適応追加に伴い流通管理規制が行われることになりました

現在(2020年7月10日)は経過措置により、通常の医薬品のように処方され、薬局でもらうことができますが、今後(2020年8月31日以降→2021年3月まで延長決定)強固な流通管理規制がしかれることが決まっています。

 

今日は「なぜこのような流通管理規制がしかれることとなったのか」、「規制によってどんな弊害があるのか」について、審査報告書も見ながら考えてみたいと思います。

 

 

 

ナルコレプシー/特発性過眠症の概要

まずはナルコレプシーの概要について見てみましょう

 

ナルコレプシーは簡単に言うと、「日中突然強い眠気に見舞われて、急に眠ってしまう疾患」です。

一般人口における有病率は0.02-0.04%程度と非常に希少な疾患ですが、慢性疾患であり、根治的な治療方法はなく、なるべく正常な状態に近づけて保つことが治療の目標となります。

治療方法としては、中枢神経刺激薬の投与(目覚めさせる)、抗うつ薬の投与(レム睡眠の制御)、睡眠薬の投与(夜間睡眠の安定)が柱です。

詳しくは日本睡眠学会の出している「ナルコレプシーの診断・治療ガイドライン」等をご参照ください。

 

不眠がQOL(生活の質)に影響したり、精神面に影響を与えることはよく知られていることではありますが、過眠だってQOLに大きく影響する事象だと思います。

 

なおナルコレプシーの治療薬としては、武田さんが開発中の先駆け審査指定を受けた化合物(TAK-925)があります。

・参考:あの後どうなったの?先駆け審査指定医薬品のその後①(第4回:2019年)(TAK-925:武田薬品工業)

 

特発性過眠症はナルコレプシーと同じ中枢性過眠症に分類されますが、レム関連症状が乏しい等の違いがあります。

ここでは詳細について触れるのは避けます。

 

モディオダール(モダフィニル)とは?

薬の概要

モディオダール(一般名:モダフィニル)は、1976 年にフランスLafon 社(現Teva PharmaceuticalsEurope BV)により見出された覚醒を促進する作用を有する薬剤です。

 

作用機序としては、ドパミン神経系を賦活するのではなく、ヒスタミン神経系を介して大脳皮質を賦活化することが示唆されています。

作用持続時間が長く、1日1回投与可能な点が特徴的です。

 

開発経緯(ナルコレプシー/特発性過眠症)

お膝元のフランスにおいては、依存性形成のリスクの低い薬として開発され、1992年6月に承認、1994年9月より発売されています。

海外では、2020年2月時点で35カ国でナルコレプシーに伴う日中の過度の眠気(EDS)に対する治療薬として承認されています。

 

日本においてはアルフレッサファーマにより開発が進められ「希少疾病用医薬品」の指定を受けた後、臨床試験が開始されました。

2007年1月に「ナルコレプシーに伴う日中の過度の眠気」を効能・効果として承認され、2007年3月に発売されています。

 

特発性過眠症に対しては、下記事項から開発に着手されました。

ポイント!  

・国内に当該適応を効能とする薬剤がない

・効能追加に関して専門医の要望があった

海外の専門書で特発性過眠症に対する治療薬として認知されている

米国睡眠医学会(AASM)の診療ガイドラインでも特発性過眠症の治療薬として使用されている

 

 臨床試験の結果としては、プラセボと比較して主要評価項目であるMWT 平均睡眠潜時の延長が認められました。

また長期投与試験において特発性過眠症の日中の過度の眠気に対する長期間にわたる有効性・安全性が示されました。

その結果、2020 年2 月「特発性過眠症に伴う日中の過度の眠気」の効能・効果が追加承認されたのです。

 

ところが、今回のこの特発性過眠症の適応追加に伴い、「厳格な流通規制、流通管理が敷かれることが決まってしまった」のです。

なぜでしょうか?

 

 

審査報告書における流通規制の根拠(特発性過眠症)

適格な患者さんを選ぶことの重要性

ややこしい話ではあるのですが、単純化すると「薬の特性」と「疾患の診断の難しさに起因」します。

 

PMDAにおける審査においては、「モディオダールは覚醒を促進する作用を有する薬剤であり、乱用や依存性のリスクを有することを踏まえると、他の睡眠障害を十分に鑑別した上で特発性過眠症と診断された患者に対してのみに投与する必要があると判断されました。

 

ここまではそこまで違和感ないかと思います。

要は「薬の特性を踏まえて、きちんと対象患者に投与すればよいだけのお話」です。

 

国内臨床試験における組み入れ患者の適格性の問題

この点を踏まえて、PMDAは製薬会社に国内第Ⅲ相試験に組み入れた患者の適格性について説明するように求めました

それを受けて、製薬会社は改めて「カルテ、睡眠日誌、終夜PSG の結果等を再度精査した上で、睡眠専門医(精神科専門医)2 名及び睡眠非専門の精神疾患専門医1 名からなる第三者委員会を開催して、組み入れた患者さんの適格性について精査した」のです。

 

すると、「モディオダールの投与対象として適切ではない被験者が一定数組み入れられていたことが判明しました。

 

これは「極めて大きな問題」です。

治験という厳格な管理下で行う試験においても、対象患者を適切に組み入れられなかったのです。

 

これを受けて、製造販売後においても投与対象ではない患者に本剤が投与され、また、乱用・依存性の観点からも不適正使用のリスクが高くなる可能性が懸念されることから、製造販売後の適正使用のための方策について説明するように、製薬会社に求められました。

 

その結果が前述の流通規制による管理というわけです。

治験において適切な患者さんを組み入れられなかった弊害が、流通管理という形で跳ね返ってきてしまったのです。

 

※精神疾患の診断

精神疾患の鑑別診断は難しいです。

例えば有名な大うつ病と適応障害、双極性障害。

これを症状だけで見分けようと思うと専門医でも難しいです。

症状の推移、背景情報、環境要因等を含めて診断する必要があります。

血液検査ではっきりわかるようなものではないのです。

 

審査報告書における流通規制の根拠(ナルコレプシー)

さて、上記踏まえて特発性過眠症に対しては流通規制が敷かれることとなりましたが、まだ終わりではありません

 

特発性過眠症以外にも、「既承認のナルコレプシー及びOSAS に伴う日中の過度の眠気についても他の疾患との鑑別が重要であることを踏まえると既承認のナルコレプシー及びOSAS に対する投与についても、特発性過眠症と同様の基準に基づいて流通管理体制を構築することが適切である」とされてしまいました。

 

つまり「既存の適応も鑑別が難しいことから、同じように流通規制を適応する」ということです。

 

最終的には次のように結論付けられました

ポイント!  

・特発性過眠症、ナルコレプシー及びOSAS に伴う日中の過度の眠気の診断は、睡眠障害の診断・治療に精通した医師がPSG 及びMSLT の実施が可能な施設において行った上で、確定診断後の治療については、睡眠障害の治療に精通した医師が各地域における医療機関において行うことが適切である。

・その上で、診断を行う医師及び医療機関、並びに確定診断後の治療を行う医師及び医療機関をそれぞれ登録することが適切である

 

 今回の適応追加を引き金に既存の患者さんにも影響を与える事態に波及してしまいました。

 

 

 

参考:リタリン事件

リタリンという薬をご存知ですか?

ニュースに出たこともあるので、ご存知の方も多いかと思います。

リタリンもナルコレプシーのお薬ですが、中枢神経を刺激する作用があり、深刻な精神依存や肉体依存に至らしめる可能性があるため、乱用されないように注意を払う必要があります。

 

アメリカにおける規制物質法におけるスケジュールⅡ薬物になりますね。

この区分の薬物としては、Googleの規定上、ここには書けないようなものが分類されます。

詳しくは規制物質法(Controlled Substances Act, CSA)で調べてみてください。

 

2007年に一人の男性がこのリタリンの過剰摂取により亡くなりました。

そしてその後、リタリンの不正処方に関する問題が次々と明らかになりました。

診察せずに処方していたり、特定の患者さんに大量に処方していたり、医師自身にキックバックして使用していたりするなんて、驚くような事例も見つかりました。

これを機にリタリンは厳密な流通管理が敷かれることとなるのです。

この事件はその後の類似薬物の流通管理規制にも大きな影響を与えています。

 

モディオダールは前述の規制物質法においてはスケジュールⅣの薬物になります。

日本ではサイレースという睡眠薬がこの区分に分類されます。

つまり比較的安全な区分と言っても差し支えありません。

またリタリンのような乱用事件もこれまでにありませんでした。

 

流通管理規制による問題

別に流通管理規制を施しても、登録された医師がきちんと処方すれば、問題ないのでは?

と思われるかもしれません。

 

確かに理論上はその通りではあるのですが、そんなに単純ではありません

例えば下記のような問題が挙げられます。

 

流通管理規制の問題の一例  

・処方できる病院や医師の数の限定

・処方する医師のハードルの高さによる処方モチベーションの低下

・取り扱う薬局の限定

 ただでさえ睡眠専門医は少ないのです。

結果的には、この流通管理規制は既存のナルコレプシーの患者さんも含めて、患者さんにモディオダールが届かなくなることにつながると考えられています。

既に診断されて、乱用の恐れがない、患者さんから薬を奪う可能性があるわけです。

 

医薬品は誰のためにある?

診断の難しさにより、治験に不備が発生してしまったのは非常に大きな問題です。

モディオダールに一定の乱用や依存のリスクがあることも事実ではあります。

 

しかし前述のとおり、リタリン等と比べるとかなりリスクは低く、既存の睡眠薬も分類される規制区分でもあります。

リタリンを同じように厳格な流通規制をモディオダールに適応することは果たして意義があるのでしょうか?

そして、特発性過眠症だけではなく、既存のナルコレプシーなどに拡大して流通管理をすることに意義はあるのでしょうか?

 

そもそもです。

医薬品は誰のためにある」のでしょうか?

 

私は「患者さんのためにあると思います。

もちろん企業が存続するために売り上げという形で、企業にも貢献しているものではありますが、「主役となるのは患者さんであることは誰も異論ないはず」です。

 

薬は患者さんに使われなければ意味がない」のです。

厳格な流通管理規制が薬を必要とする患者さんへのアクセスを絞ってしまうことになっては本末転倒どころのお話ではありません。

現に今後の流通規制に対して、問題提起する患者さんの声が多く上がっています。

この声は軽視してはならないと思います。

 

以前「Patient Centricity」の概念を解説しました。

患者さん中心主義ですね。

日本では遅れていますが、世界的には浸透してきた考え方です。

・参考:Patient Centricityとは?患者さんの意見を医薬品開発に活かそう!

このモディオダールの規制は、Patient Centricityの対極に位置するのかもしれません。

 

 

まとめ

今日はモディオダールの流通管理規制とPatient Centricityについて考えてきました。

自分に必要なお薬、普段使っているお薬(例えば喘息の薬、持病の薬)が、規制されて手に入らなくなったらどうなるか

考えてみるとこの事例の重さが少し体感できるかもしれません。

 

私はだいぶつらいな、と思います。

どうにかなればよいのですが。

 

 

※当ブログにおける見解は個人的見解であり、所属する企業の見解ではございません。また特定の銘柄の購入を推奨するものではありません。