新型コロナウイルス感染症が認められてから、1年という短い期間でワクチンが出来上がりました。
ファイザーのワクチンは先日アメリカでEUA(緊急使用許可)がなされましたね。
ワクチンは予防に寄与するものですが、治療を主体とした医薬品と異なり、健康な人に対して接種させるものであるからか、どうしても接種を拒む方が見受けられます。
その最たる理由が「安全性」にあります。
健康な状態で「異物」を受け入れること。
つまり受動的にリスクを受け入れることが耐えられないのかもしれません。
そのリスクが限りなく小さくて、受けられるベネフィットが非常に大きいとしても。
先日、秀逸なtweetを目にしました。
ファイザーのワクチンの臨床試験で起きた有害事象を並べたtweetです。
倦怠感33%、頭痛34%、吐き気1%、寒気6%、関節痛6%。
軽いとは言え、ちょっと嫌な事象ですよね。
しかしこれはプラセボ群のデータなわけです。
先にプラセボと言わないところが非常にセンスがあると思いました。
「ワクチンの臨床試験で〇〇という有害事象が起きた!」といった内容も全くビビる必要はない。
メディアの扇動に臆せず、情報をしっかり見極めよ!
ということが示唆されています。
この点は全てまるっと完全同意なわけですが、ちょっと見方を変えてみましょう。
倦怠感、頭痛、吐き気。
これは気のせいなのか?
気のせいで済ませてよいのか?
という話題です。
無論、これらがワクチンが原因ということではなく、ワクチンの安全性を疑えということは全くもってありません。
ただ、このプラセボ接種して生じた症状というものは、事実存在するということです。
今日はこの点を踏まえ、プラセボで起こる様々な事象について考えてみましょう。
Contents
プラセボ効果
さてでは、まずはプラセボ(偽薬)を服薬して有効性が認められるという点について考えてみましょう。
プラセボ効果とは、有効成分が含まれていないプラセボによって、症状の改善が認められることを言います。
プラセボによって有害事象が発現することをノセボ効果と切り分けることもありますが、プラセボ効果にまとめてしまうこともあります。
今回の記事では分けて取り扱います。
このプラセボ効果は主に効果を期待する患者さんの気持ちに起因します。
では気のせいなのかというとそんなことはありません。
症状が改善するということは、何らかの生理的な現象が実際に起きているのです。
今年の頭にNEJMに掲載された論文をご存じでしょうか?
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1907805
この論文では、プラセボ効果は内因性オピオイドや内因性カンナビノイド、ドパミン、オキシトシン、バソプレシン等の放出により引き起こされていることが示されています。
砂糖で調子が良くなるなんて気のせいじゃん!ということなかれ。
ある程度の伝達物質が働いて、生理的な作用が誘導されているのです。
私は昔、酔い止めがなかったときに、お砂糖で騙されたことがありましたが、
それはそれは大変良く効きました。
これは私が単純な女の子であったということを示唆していますが、もしかしたら、このお砂糖により、何らかの神経伝達物質が出ていて、それが抗ヒスタミン作用に類似する働きを示したのかもしれません。
ノセボ効果
プラセボにより効果が発現してしまうこととは逆に、プラセボでも有害事象が発現することがあります。
これをノセボ効果と呼びます。
冒頭で例にあげたようにファイザーのワクチンの臨床試験において、プラセボを接種した群にも多くの有害事象が発現していましたね。
これも同じように生理的な現象を実際に起こしているから、症状として発現したのですね。
他に一つ面白い研究をご紹介しましょう。
薬の価格がノセボ効果を助長するという研究です。
2017年にサイエンスに掲載された論文になります。
https://consumer.healthday.com/public-health-information-30/health-cost-news-348/does-a-drug-s-high-price-tag-cause-its-own-side-effects-727246.html
この研究では49人の健康な被験者を対象に、まず「アトピー性皮膚炎の治療に使う薬(クリーム)を試してほしいが、皮膚が痛みに敏感になる副作用がある」と説明しました。
その上で、24人には「安価な薬剤」と伝えてオレンジ色の箱に入ったクリームを使用してもらい、25人には「高価な薬剤」と伝えて青い箱に入ったクリームを使用してもらったのです。
しかしこのクリーム、どちらも同じ内容かつ有効成分は含まれていませんでした。
さて、この後皮膚が痛みに敏感になる副作用を見ていくわけですが、どうなったと思いますか?
もう一度述べておきますが、どちらもプラセボです。
ただのクリームですよ?
当然、普通に考えれば痛みに敏感になるわけがありません。
ところが面白い結果になります。
クリームを塗布した腕に対して、熱による痛みを与えて耐性を調べる検査を実施した結果、「高価な薬剤」と説明を受けた群は痛みに敏感になっていることが分かったのです。
使用した評価スケールはVASになります。
あなたの痛みは1-10でどれくらいですか?と聞くような検査ですね。
つまり非常に主観的評価です。
この検査では、高価な薬剤群では平均スコアが15点(軽度の痛み)でしたが、安価な薬剤群では平均3点未満でした。
随分と顕著な差が出ましたよね。
ただのクリームですよ?
さらに面白いことに、この主観的評価で導き出された皮膚の痛みに対する過敏性は、ただの気のせいではなかったのです。
MRIによる脳画像検査を実施したところ、高価な薬剤群でノセボ効果がみられた人では脳神経系の活性に特定のパターンが認められ、特に前頭前野での活性を介して痛覚の過敏性が生じている可能性が示されていました。
このように薬自体による作用以外にも外的な要因により、実際に症状が生じてしまうことがあるのです。
今回はプラセボの例をあげましたが、実薬でも同じことです。
この薬は吐き気の副作用が出ますと言われれば、その薬の薬理作用による副作用としてだけでなく、ノセボ効果として、実際にその人にとっては薬理的に副作用が発現していない状態であっても、吐き気の副作用が生じる可能性があるわけです。
もっと簡単に言えば、気のせいで生じた症状を誤って薬のせいと判断してしまう可能性があるということです。
どっちにせよそのような有害な症状が、その当事者にとっては発現しているので変わらないのではないかと思われるかもしれませんが、薬のせいでないものを薬のせいとすることは、他の患者さんにとってはマイナスとなります。
大げさに言えば、その報告のせいで薬が販売中止となってしまえば、その薬を必要とする患者さんに届かなくなり、不利益となります。
身近な例では異常行動の原因と言われたタミフル、多様な症状を引き起こすと言われたHPVワクチン等がありますね。
タミフルの異常行動は結局インフルエンザのせいであったこと、HPVワクチンと多様な症状との因果関係は複数の大規模調査により否定されています。
タミフルはともかく、HPVワクチンは「接種を控えることにより」多数の被害者を出しました。
現在、HPVワクチンの安全性について、朝日新聞を始めとするデマを振りまいたメディアは訂正すらしていませんが、正しく理解していただければと思います。
治験における悪影響
このプラセボ効果やノセボ効果ですが、治験においては悪さをします。
一般的な第2相~3相の試験では、プラセボを相手に有効性を確認します。
つまり治験薬とプラセボの間に、統計学的な有意差があるかを見たいわけです。
(統計学的有意差と臨床的な意義のある差が必ずしも等価でないことは、以前取り上げましたので割愛します。)
しかしプラセボで効果が出てしまえば、それだけ差を見出すことが難しくなるわけですね。
プラセボの効果は限りなく0に近いほうが望ましいわけです。
特に精神疾患系統の治験ではこのプラセボ効果というものが大きく影響します。
例えば抗うつ薬の試験は約半分が失敗に終わっていますが、これはプラセボ効果が原因の一つと言われています。
プラセボによる影響を大きくしてしまう行為の例
このプラセボによる影響というものは外部からの情報により大きく影響されます。
例えば、マスメディアや一般の報道機関での報道、インターネットから得られた情報、症状を持っている他の人からの伝聞はノセボ効果を助長することが知られています。
実際にペーパーになっているものとしては、海外のものになりますが、
スタチンの報告された有害作用の割合は、スタチン関連のネガティブなメディア報道の強さと関連するといった報告があります。
(Matthews A, Herrett E, Gasparrini A, et al. Impact of statin related media coverage on use of statins: interrupted time series analysis with UK primary care data. BMJ 2016;353:i3283-i3283.)
まとめ
今日はプラセボによって引き起こされる有効性や有害事象について考えてきました。
人間って雑な生き物。
いや生き物だからこその、この雑な反応なのかもしれません。
機械だったらこんなこと、起こりませんものね。
近いうちに日本でもワクチン接種が始まることになりますが、悪意ある報道に影響されることは、実際に余計な有害事象を招くことにもなりかねないので注意しなければなりません。
たまに「これは薬の副作用だ!」と騒ぐ方がおります。
しかしこれを頭から否定してはいけません。
それがほんとに薬と因果関係のある事象であるかは分かりませんが、もし薬との因果関係が否定される事象であったとしても、その事象自体を否定してはいけないのです。
その患者さんは事実として有害な事象に見舞われているわけです。
それが薬のせいではなかったとしてもです。
これからワクチン接種の拡大により、副反応で騒ぎが起きることは容易に予想できます。
それらに惑わされないことは当然ですが、その訴え自体を否定することはまた別のお話ということです。
無論、変なことで騒ぎだす、いわゆる反ワクチンのような確信犯もおりますので、全部というわけではありませんが、訴え自身を非難しないようにしたいですね。
おまけ:報道に振り回されないために
おまけですが、勘違いされる方が多いので、有害事象と副作用(ワクチンの場合は副反応に置き換えて)の関係性について復習しましょう。
ご存じの方や下記の記事を読まれている方は、読み飛ばしても問題ありません。
有害事象(AE:Adverse Effect)
有害事象とは「治験薬を服薬した患者さんに起きた全ての好ましくない、意図しない事象のこと」を有害事象と言います。
重要なことは治験薬との因果関係は問わないということです。
※因果関係:単純に言えば、原因と結果の関係ですね。
例えば、治験薬を服薬して3日後に飛行機が墜落して亡くなっても、これは有害事象になります。
逆に治験薬を服薬して、急に吐き気が出てきた、恐らく治験薬と因果関係があると思われる。
そんな場合も有害事象※ということができます。
※この場合は有害事象であり副作用でもあります。
つまり言い換えれば、有害事象は治験薬によるものではない事象も当然含まれるということです。
副作用(ADR:Adverse Drug Reaction)
副作用とは、投与量にかかわらず、投与された治験薬に対するあらゆる有害で意図しない反応(臨床検査値の異常を含む。)のことを副作用と言います。
つまり治験薬と有害事象との間の因果関係について、治験薬と有害事象との間に、少なくとも合理的な可能性があり、因果関係を否定できない反応ということです。
つまり言い換えれば、副作用は全て治験薬によるものと言える(定義上)ということです。
有害事象と副作用を概念化すると上記のような感じですね。
副作用は有害事象に内包されるということです。
因果関係の考え方
では起きた事象と治験薬との因果関係をどのように考えていくか?ということですが、それは上記の記事に譲りまして、ここでは詳細に触れないこととします。
押さえておくべき唯一のポイントは、
治験薬を服薬(接種)して起きた事象が、必ずしも治験薬(ワクチン)のせいではない!
ということです。
これを押さえておけば、悪質な報道を見抜けるはずです。