昨日、ギリアド社の中国における臨床試験の結果について、WHOが「誤って」草稿の段階でWebにアップしてしまい、
その内容を見たメディアが、治験は失敗したと騒いでいます。
ギリアドの株価も下落してしまいましたね。
WHOはギリアドさんにごめんなさいしたの??
今日はまずこの「失敗の烙印」を押されてしまったレムデシビルの名誉を回復しつつ、グローバルで実施しているレムデシビルの臨床試験の概要をご紹介させていただきます。
Contents
レムデシビルの治験失敗報道の概要
まずは報道の内容を整理しましょう
・WHOが誤って公表した報告書の草稿の情報に基づくと、ギリアドが中国で実施していたレムデシビル臨床試験において、症状の改善も血液中の病原体減少も示されなかった。
・当該臨床試験には237名の患者が参加、うち158名がレムデシビル投与群、79名がプラセボ群であった。
・亡くなった方の割合はレムデシビル投与群が13.9%、プラセボ群が12.8%であった。(・・・負けている)
・ギリアドは声明で、WHOの草稿には不適切な解釈が含まれているとし、中国で実施された試験は被験者が少なく打ち切られたため、統計的に有意義な結果は導き出せないと反論
まとめると、こんな感じになるかと思います。
要はWHOが勝手に草稿段階の、「ギリアドとディスカッションできていない勝手な見解」をWebにアップしてしまい、メディアが見つけて騒いでいる構図です。
ほんとWHOは碌な事しませんね。
さて、結論としては「症例数が足りなくてやめた試験だし、なんでそれをもってレムデシビル自体が失敗したようなことを言うのよ!」ということになりますが、疑問がわいた部分について、2点考えてみましょう。
あくまで個人的見解ということと、情報が少なく推測に過ぎないですので、その点はあしからず。
症例数に関する疑問
症例数が足りずに打ち切りとなった試験です。
しかし足りないとはいえ、237人「も」組み入れられている。
それなのに効果が出ない(有意差が認められない)のは失敗?といっても良いのではないか。
という考え方です。
小さな臨床研究よりも症例数は多いともいえますね。
臨床試験では「統計学的に有意差を出すために必要な母数」を、様々な要因から統計学的に計算して治験実施計画書を作成します。
生物統計学の詳しいところを平易にまとめられるほどの知識と語彙力はありませんので、これでご勘弁頂きたいのですが、要はある程度の症例数がないときちんと「統計学的に有意な差」を立証することができないのは常識ということです。
この試験が何例を計画していたのか分かりませんが、237例という数字は、統計学的に有意な差を出すのに不十分な数であった可能性があります。
要はフェアなバトルではなかったのです。
237例における結果の疑問
でも、結果がひどすぎない?
レムデシビル負けてるじゃない!
なんて思われる方もいるかもしれません。
亡くなった方の割合で見れば、レムデシビル群のほうがプラセボ群より高いわけですからね。
この点については、現時点で得られている情報からは詳細な考察はできません。
しかし考えられる点としては、下記の事項などが挙げられるかと思います。
・ベースライン(症状の程度、随伴症状の有無、発症してからの日数等)が全然揃っていなかった可能性
・治験実施計画書に従った症例数が少なく、解析に足る症例自体が極端に少なかった可能性
・ベースとなる治療や治療環境が奏功に寄与した可能性(交絡因子)
・何らかの心理的なバイアス
・症例の質が悪くて結果に意味をなさない可能性(ほんとにたまにあります)
要はたまたまかもしれませんが、「レムデシビル群が不利な状態だった可能性」が考えられます。
そのような点はギリアド社も分析してディスカッションするわけですが、それをする前にWHOが「誤って」一方的な見解を公表してしまったのではないでしょうか。
また他の項目の比較結果、例えば「酸素補充をしなくてよくなった割合」や「そのほかの症状の改善率」についても、結果が示されておらず、亡くなった方の割合だけではレムデシビルが本当に負けているのか分かりません。
下でご紹介するグローバル試験は7つの項目を評価に用いています。
いずれにしても、この結果をもって、「レムデシビルという薬が失敗と結論づけるのは早計」なわけです。
なお蛇足ですが、解析に足る症例ということでは、基本的な対象集団の概念として、「最大の解析対象集団(Full Analysis Set:FAS)」及び「治験実施計画書に適合した対象集団(Per Protocol Set:PPS)」という考え方があります。
FASが大きくても、PPSが小さすぎれば、治験としては成り立ちません。
ちゃんと決められたルール通りに治験を進めてもらわなければ、比較などできないのです。
中国の治験失敗に関するまとめ
近年、中国における治験のレベルは多少はましになってはいますが、いまだに他国と比較してクオリティが低いことは看過するべきではありません。
中国での臨床試験の結果ということのみならず、「症例数が少なく早期中止した試験」で統計学的有意差が出せなかった事実をもってして、レムデシビルの「治験が失敗」したというのは、誤解を招く表現だということです。
今回言えることは、「レムデシビルの臨床試験を中国で実施したけど、患者が足りなくて中止した。その中途半端な試験の結果を見てみたら、統計学的に有意な差は認められなかった」というだけです。
例えフェアな条件で負けていても、その後盛り返すお薬もあります。
例えば最近でいえば、武田さんのトリンテリックスとかがそうですね。
この薬は第3相で一度負けた後、再挑戦して素晴らしい成績を収めています。
どんなによい薬でも、臨床試験で失敗してしまうことはあります。
武田さんの名誉のために補足しておきますが、失敗した試験はうつ病の試験であり、半数は失敗する難しい系統の試験です。
それは主要評価項目が臨床検査値のように画一的に出せず、評価がぶれたりバイアスの影響が大きく出るためです。
話がずれましたが、要は一度負けたからと言っておしまいではないのです。
ましてや、今回は「大したことない試験が不十分に終わった結果で負けただけ」です。
大局に影響はないと私は考えています。
だいたい抗ウイルス薬を入れたのにプラセボより亡くなった方の割合が増えるなんて普通に考えてありえないでしょ?
ヒドロキシクロロキンのような重めの副作用が発現したとかならともかくとして。
そんな感覚的違和感もあります。
症例が足りない試験はおのずと症例の質も落ちます。
焦ってエントリーしますからね。
そういった面でもよい試験とは言えないのです。
蛇足ですが、もしバイオ株に投資するのであれば、「試験期間延長」については少し気を付けるべきです。
むりくり入れた症例はだいたいよくない症例ですし、組み入れにくいということはその薬やプロトコルの内容がイケてないからという可能性もあるのです。
さて一方でレムデシビルについては、シカゴ大から漏れ聞こえてきた良好な結果もあります。
しかしこちらをもって、レムデシビルが特効薬であることは確実とすることもまた早計ではあります。
きちんとした臨床試験の実施と、その結果が望まれているわけです。
ということで次に、その「きちんとした臨床試験」の概要について、Clinicaltrials.govの情報をもとに見ていきましょう。
実施中の国際共同治験の試験課題名
ご紹介する臨床試験はこちらの2つです。
Study to Evaluate the Safety and Antiviral Activity of Remdesivir (GS-5734™) in Participants With Severe Coronavirus Disease (COVID-19)
Study to Evaluate the Safety and Antiviral Activity of Remdesivir (GS-5734™) in Participants With Moderate Coronavirus Disease (COVID-19) Compared to Standard of Care Treatment
臨床試験の概要
これらの試験はレムデシビルの開発元であるギリアド社が実施している国際共同第3相試験です。
何度か述べております通り、ギリアドはHCV治療薬のハーボニーやソバルディを開発した、抗ウイルス薬の世界トップクラスの企業だと私は考えています。
グローバル試験なため、後述のとおり、日本でも実施している試験です。
COVID-19患者に対して、通常療法にレムデシビル上乗せもしくは通常の治療を実施し、両群を比較します。
現在重症例と中等症の2試験が並行して走っております。
重症の患者さんを対象とした試験は入院患者6,000例を対象としたものになります。
患者さんを標準療法に加えレムデシビルを5日間または10日間通常療法に上乗せして静注投与する群に割り付け、14日後の重症度を7段階の尺度で評価するオープンラベルの無作為化試験です。
中等度の患者さんを対象とした試験は入院患者1600例を対象としたものになります。
患者さんを標準療法群、レムデシビルを5日間または10日間通常療法に上乗せして静注投与する群に割り付け、11日後の重症度を7段階の尺度で評価するオープンラベルの無作為化試験です
いずれもPartAとそれに続くエクステンションスタディであるPArtBに分かれていますが、今回はあくまで概略ということで、深入りしないでおきましょう。
さて今日はこのうち、先に結果が出る重症例の試験のほうを重点的に見ていきます。
期間と目標症例数
2020年の3月からスタートしており、2020年の5月までを予定しています。
目標症例数は合計でなんと6,000人という大規模試験です。
以前は1,000人ぐらいだったと記憶していますが、先日規模拡大が発表されました。
オープンラベル試験ではありますが2-3例の症例報告とはレベルが違います。
主要評価項目と副次評価項目
主要評価項目:14日時点の下記の7つの項目の比較
- Death
- Hospitalized, on invasive mechanical ventilation or Extracorporeal Membrane Oxygenation (ECMO)
※侵襲的換気措置(気管支挿管)やECMOによる入院
- Hospitalized, on non-invasive ventilation or high flow oxygen devices
※非侵襲換気措置や高流量酸素装置による入院
- Hospitalized, requiring low flow supplemental oxygen
※低流量酸素装置による入院
- Hospitalized, not requiring supplemental oxygen – requiring ongoing medical care (coronavirus (COVID-19) related or otherwise)
※酸素の補助を必要としない継続的な医療措置が必要な入院
- Hospitalized, not requiring supplemental oxygen – no longer required ongoing medical care (other than per protocol Remdesivir administration
※酸素の補充を必要とせず、継続的な医療措置も必要ない入院
- Not hospitalized.
※退院
副次評価項目:有害事象が発生した患者の割合
主な選択基準
・12歳以上、男女問わず
・体重40kg以上
・COVID-19の感染を無作為化の4日前までにPCR検査で確認された患者
・現在入院中の患者
・SpO2が94%以下またはスクリーニング時に酸素補給が必要な状態
主な除外基準
・治験薬投与24時間前から抗ウイルス活性を有する薬剤の投与をしている
・多臓器不全の患者
・AST/ALTが基準値の5倍以上(※肝機能が悪い患者)
・クレアチニンクリアランスが50ml/min未満(※腎機能が悪い患者)
実施医療機関(日本含む)
アメリカを中心に世界で179の医療機関が治験に参加しています。
日本で治験を実施しているのは下記の医療機関です。
・Yokohama Municipal Citizen’s Hospital(横浜市立市民病院)
・Nagoya City East Medical Center(名古屋市立東部医療センター)
・Tokyo Metropolitan Bokutoh Hospital(東京都立墨東病院)
医療機関はただでさえ大変な状況であるのに、COVID-19の治験を実施頂けるということは感謝と尊敬以外の何物でもありません。
これらの医療機関において円滑に治験を実施できるように、製薬企業だけではなく、規制当局や行政も支援していただきたいと思います。
そして治験に携わる医療関係者のみならず、治験にご参加いただける患者さんにも敬意と感謝を常に忘れないようにしたいですね!
一部ではCOVID-19に罹患した人を差別するような動きもあるようですが、何を考えているのでしょうか。
もちろんマスクしないで歩きたばこをして、その辺で飲み歩いた結果、罹患するよう人は軽蔑されるべきでしょうが、外で仕事をせざるを得ないような方や、医療現場で働く方が罹患してしまうことを100%防ぐことはできないのです。
そういう差別をする人は薬ができても使わないでくださいね。
といいたいところですが、感染拡大されても困りますので使ってください。
ただその時は患者さんにごめんなさいしてください。
まとめとディスカッション
6000人という大規模試験であり、先日漏れ聞こえてきたシカゴの情報では、良好な成績が出ているとのことです。
ただオープンラベル試験であり、プラセボ対照の試験ではないため、バイアスが一定以上かかることは避けられないことは注意が必要です。
とはいえ、世界中で6000人という大規模で行われる臨床試験です。
中国のなぞの小規模臨床研究や2-3例の症例報告、実験室レベルの研究報告とはエビデンスのレベルが違います。
この試験の結果がレムデシビルの、ひいてはCOVID-19パンデミックの未来を左右する可能性があるといっても過言ではないでしょう。
今月中には重症例の試験結果が分かり、5月には重症例と中等症の両試験の患者の一部の結果について、何らかのデータが公表される見込みです。
この試験の結果を楽しみに待ちたいと思います。
おまけ:レムデシビルの投与経路の問題
先日Twitterで面白いコメントを頂きました。
「レムデシビルは点滴静注になるので軽症例に使うには利便性に問題があるのではないか」ということです。
なかなかするどいご指摘だと思います。
このような気づきを頂けるのがTwitterのステキなところですね。
ただ私は現時点ではこれはそこまで気にしなくてよいのではないかと思います。
COVID-19が、毎年感染が起こるような疾患にはなっていないためです。
今年限りで抑え込むのであれば、治療が必要となる感染者数も爆発的に多くなるわけでもなく、錠剤でなくとも大きな問題にはならないと考えます。
もちろん利便的には錠剤のがよいに決まっていますが、ADME考えるとIVで入れたほうが素直に効くかなとも思います。(静脈に入れれば100%体内に入る)
これが毎年、インフルエンザのように流行するとなるとそうもいかないので、当然利便性に長けた投与経路の薬剤の開発も望まれますね。
この辺りはワクチンとの兼ね合いでしょうか。
優秀なワクチンができて疾患が抑え込めるのであれば、治療が必要な患者数が減るので、経口投与でなくともそこまで問題なくなるわけです。
いずれにしてもアビガンは催奇形性という問題もありますし、投与も経口投与とはいえ、たくさんの錠剤を服薬しなければならない点では、アビガンが利便性に優れているとも言い難い状況です。
他に臨床試験レベルで有効な抗ウイルス薬がない現状を考えると、レムデシビルの投与方法が特別問題となるようなことは、「現時点ではない」かと考えています。
参考