先日、Akili社のデジタル治療アプリの件でも少し触れましたが、塩野義さんはSage社というバイオベンチャーとも組んで、新規大うつ病治療薬の開発も行っています。
前に少しだけ解説したこともあるのですが、今回塩野義特集ということで、もう少し踏み込んでみてみたいと思います。
Contents
大うつ病の概要
国内の大うつ病患者は500万人と言われています。
「うつは心の風邪」なんて言われて久しいですが、ストレスの多い現代社会において、増えてきている疾患であることは間違いありません。
国内の抗うつ薬市場は1600億円にものぼるといわれ、有望な市場と言えるかと思います。
大うつ病は薬だけでどうこうなるものではありません。
抗うつ薬の一種であるSSRIでの初回治療での寛解率が約37%、抗うつ薬を3回まで切り替えた際の累積寛解率は約67%しかありません。
簡単に言えば、薬の効果が低い疾患ということです。
そして効果発現にも時間がかかり、ガイドラインでも十分な期間確認するように記載があります。
だいたい2-8週間は必要ですね。
実際は2-4週間くらいで他の薬に切り替えたり、Add-onしたり、増強療法に移行するDr.もおられます。
このあたりの薬の使い方は精神科医の匙加減が大きいです。
現行の治療ガイドラインにも
既存薬について、「多数の論文、国内臨床試験の結果を総合して、薬剤間の有効性、忍容性に臨床的に明確な優劣の差はない」と記載があります。
(※ここでいう「薬剤間」というのは三環系等を除いた比較的新しい薬になります。)
要はガイドラインにも「どの薬を一番初めに使いましょう!」みたいなことが具体的に書かれていないということです。他の疾患よりかは複雑ですね。
そしてそれだけ突出した新薬がない状態というわけです。
精神疾患の治療薬は患者さんの満足度が低く、新たな薬の開発が待ち望まれているのですね。
S-812217とは?
概要
S-812217(SAGE-217)は一般名をzuranoloneといいます。
ずらのろん?なかなかインパクトありますね。
恐竜みたい。
投与期間は1日 1回 14日間投与を想定しているようです。
随分と短い投与期間ですね。
即効性と強い効果を期待しているのか、それとも長期投与ができない理由があるのか?
IR情報から特徴をまとめると下記のとおりです。
作用機序は「GABAA 受容体の機能増強」とのことです。
Sage社のページにはポジティブアロステリックモデュレーターとありますので、ベンゾジアゼピン(BZD)に近いのかな?
要は抑制性神経伝達物質であるGABAが結合する部位とは異なる部位(アロステリック部位)に結合して、ポジティブな方向に受容体を刺激するわけです。
だから不眠や不安に効くわけですね。
でも抗うつ作用もあると。
これはなぜだろう?
作用するGABA受容体の場所に違いがあるのかな?
第2相試験の成績
2週投与後のHAM-D推移が主要評価項目ということです。
MADRSではなく、HAM-Dにしたのは不眠のところで稼ぐつもりだったのかな?
上記は30mgを投与した際のデータですね。
これはかなり強力な効果を示せています。
ここまでの差を出している抗うつ薬はありません。
Day3においても有意差が出ていますので、即効性も確認できます。
これだけ見るとこれまでの薬と一線を画す「夢の薬」
・・・しかし第3相試験の結果が問題です。
第3相試験の成績
アメリカで行われた第3相試験では残念ながら主要評価項目(投与15日目のHAM-D推移)で有意差を出すことができませんでした。
20mg/30mgで試験をしていましたが、20mgはプラセボと綺麗に重なっており、ほぼ効果がなさそうです。
30mgは惜しいところまで行きましたが、失敗は失敗ですね。
そもそも第2相の時のようなするどい切れ味が見られません。
HAM-D2点ではちょっと弱いなー。
ここは他の薬と圧倒的な差を見せてほしかったところ。
うーん微妙
国内で実施中の臨床試験
国内では現在第2相試験を実施中のようです。
絶賛組み入れ中ですね!
プラセボ対照の二重盲検試験といういわゆる一般的な臨床試験ですが、大うつ病の試験にしては治験期間が短いような。自信があるのかな?
コロナうつ(マスコミ用語?)の影響の懸念
コロナうつという新型うつの時みたいな謎用語が飛び出してきて、私としては困惑しているのですが、これはきちんとした医学用語ではありません。
要は「COVID-19によるストレスをトリガーとした抑うつ症状のこと」を指していると思われます。
しかし特定の要因が原因で抑うつ症状を呈する疾患としては「適応障害」があります。
コロナうつといいつつも、コロナが収束して症状が改善するようであれば、それは大うつ病ではなく適応障害でしょう。
もちろんCOVID-19の蔓延をトリガーとした大うつ病もありえます。
このあたりの鑑別が非常に難しいところですよね。
適応障害と大うつ病の鑑別については、症状で明確にわかるというDr.もいれば、症状だけでは見分けがつかず、要因を排除してからの経過も見ないと判然としないと述べるDr.もおります。
感覚的には後者のDr.が多いですね。
別にそんな鑑別どうでもよいではないかと思われるかもしれませんが、そうもいきません。
適応障害に大うつ病の薬はあまり効きません
(抗不安薬目的でSSRI処方されるときはある)
だから大うつ病の治験に誤って適応障害の患者が組み込まれると困ったことになるのです。
要は効く薬も効かないと評価されてしまうことになりかねません。
そういう意味ではこのCOVID-19蔓延時期の大うつ病の治験は、いつもより難しくなる可能性、もしかしたら失敗率が上がる可能性も考えられます。
考察:ポテンシャルと上市可能性/売り上げ
さて画期的な作用機序を持つS-812217ですが、無事に承認にこぎつけられそうでしょうか?
その際の売り上げはどうなりそうでしょうか。
ここからは完全に私見です。
過去の臨床試験成績から
まずこの化合物で注目するべきところは第2相で素晴らしい成績を収め、第3相で失敗していることです。
そして第2相はバイオベンチャー(Sage)が行っていることです。
これはやや危ない傾向です。
どこかで述べましたが、第2相で症例数を限定して慎重に慎重を重ねて治験を行えば、きれいなデータは出しやすいのです。
もっとも化合物にある程度のポテンシャルあっての上ですが。
患者数を増やした第3相で失敗したというのはなかなか重い事実ですね。
第3相試験がへたくそだった可能性も十分考えられますが、薬のポテンシャルを過大評価してはいけません。
私としてはこちらの事実に軸足をおきます。
バイオ株で失敗する人は薬のポテンシャルを過大評価し、事実を軽視する傾向にあります。
この第3相試験のプレスリリースによりSAGE社の株は1日で60%下落しました。
大うつ病という疾患特性から
一方で大うつ病の試験は失敗率が50%とも言われるほど、難しい試験です。
簡単に言えば診察(鑑別)が難しく、かつ評価スケールがぶれるからです。
要は違う疾患を間違って組み入れてしまったり、Dr.によって評価の結果が変わってしまう可能性があるということです。
先日モダフィニルの流通管理規制の解説時に、誤った疾患が組み入れられて問題となったケースをご紹介しました。
大うつ病試験は症例数が多く、組み入れの誤りがクリティカルな事例に直結することはないかもしれませんが、データには悪影響を及ぼしますね。
・参考:モダフィニルの流通管理規制
モディオダール(モダフィニル)の流通管理規制に見る、Patient Centricityの欠如 –
言いたいこととしては、「一度失敗したからと言って、はいおしまい!というのは早計」ということです。
日本で慎重に治験を行えば承認される可能性はまだまだあります。
作用機序もこれまでになく、即効性が見込めるという点では非常に面白い薬になるのではないかという期待もあります。
しかし前述のとおり、COVID-19下において、大うつ病の治験を行うことは困難を極めます。
薬のポテンシャルに身を任せるのではなく、きちんと組み入れ患者を選んで、慎重に治験を進めていくことが必要となるでしょう。
塩野義さんのハンドリングが試される試験だと考えています。
売り上げの予測
この薬が無事に承認されれば、大うつ病治療が新たなステージを迎える可能性があります。
BZDに近いと言われればそうですが、依存性がなく、一過性の効果ではないことが証明できれば、即効性があり、切れ味の鋭い抗うつ薬は医療現場に歓迎されることでしょう。
ただすぐ治っちゃったら、売り上げは制限されるかも?
なんて無粋な懸念もありますね。
いずれにせよ、ぜひ開発を成功させて、上市してほしい薬の一つです。
塩野義さん頑張れ!
参考
・Sage社プレスリリース
・国内臨床試験情報
臨床試験情報詳細画面 | 一般財団法人日本医薬情報センター 臨床試験情報
・2018年2月5日 SAGE Shionogi コラボレーションの意義(IR)
・2019年R&D説明会資料(IR)
・2020年R&D説明会資料(IR)
・大うつ病関連
どの薬が一番効くの?抗うつ薬比較研究と最新抗うつ薬トリンテリックス(武田薬品工業:4502)
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