脂質異常症に対する新薬に皮下注射製剤があるのはご存知ですか?
2016年に販売開始されたアステラスの抗体製剤レパーサがその薬剤になります。
特に差し迫った症状のない脂質異常症に対して出てきた画期的新薬。
今日はそのレパーサを例に薬剤の需要と供給について考えてみたいと思います。
脂質異常症
脂質異常症というのは遺伝的要因や生活習慣の乱れから、血中の脂質(コレステロールや中性脂肪等)が上昇し、脳梗塞や心筋梗塞等のリスクが上がる疾患ですね。
特段、症状が出ないため、「健康診断で脂質が高いと指摘されて仕方なく病院行ったけど、いまいち薬を飲む意義を感じにくいなー」なんて思われてしまうことが多い疾患かと思います。
ただし生活習慣病だけあって、罹患者は多く、大変な市場規模を有する疾患です。
よく週刊誌等でも医療費の無駄だとか、医者は飲まない薬だとかやり玉に挙げられますね。気持ちは分からなくもありません。
そんな疾患に「強力な新薬」が「高い値段」で「注射剤」で登場した時、果たしてその薬は売れたのでしょうか。
注射剤の需要
みなさんは、もし脂質異常症で通院しているとしたら、高額だけど強力な注射剤を使いたいですか?
…うーん私だったらちょっと躊躇しちゃいますね。
これが抗がん剤とかだったら、高額でも注射でも、少しでも効果があるのであれば!なんて考えそうですけど、特段症状のない脂質異常症に定期的に高額の注射を打つのはちょっと気が引けます。
脂質異常症の治療薬も疾患のリスクを下げるという観点では、ワクチンに似ているのかもしれませんが、予防接種と異なり、「病気の発症をほぼ確実に防げるわけでもなく、他に治療薬がある点やある程度の治療の継続が必要とされる点」が大きく異なります。
さて私のイメージはさておいて、この薬の薬価や売り上げについて、次で見ていきましょう
薬価比較と売り上げ
・レパーサ(PCSK9阻害):約24,000円(シリンジ1本)
・リバロ(スタチン):約140円(4mg)
投与量が大きく違うとはいえ、文字通りけた違いに高いですね。
レパーサが注射投与が必要なのは抗体製剤だからです。そして抗体製剤は低分子医薬品よりも製造コストが高いので、薬価は非常に高くつきます。
しかし以前ご紹介したソバルディやハーボニーのように疾患を完治させるほどの力はありません。雲行きが怪しくなってきました。どうだったのでしょうか。
※参考
・・・開発当初は生活習慣病という大きな市場に対する画期的な新薬ということで、ブロックバスタークラスの売り上げが期待された向きもありましたが、結果としては売り上げはそこまで上がりませんでした。
これには複数の要因があると考えられます。
・そもそも適応が限定されていた
初期の適応は「家族性高コレステロール血症、高コレステロール血症ただし、心血管イベントの発現リスクが高く、HMG-CoA還元酵素阻害剤で効果不十分な場合に限る」という適応です。そもそも脂質異常症であれば誰にでも使える薬剤ではなかったのですね。売り上げがそこまでではないのは当然と言えます。
・高い薬価
MRさんに聞きましたが、やはりこの高い薬価を誇る薬剤を生活習慣病の患者さんに投与することに抵抗があるというDr.が多かったようです。Dr.は患者さんに薬の必要性を説明して、納得頂く必要があります。薬を処方する現場の人間に納得頂かなければ、薬は使ってもらえないのですね。
その後、2018年7月には、心血管イベント発現リスクを有意に低下させるという結果に基づき、添付文書に改訂が入り、
2019年にはHMG-CoA 還元酵素阻害剤(スタチン)による治療が適さない家族性高コレステロール血症および高コレステロール血症にもスタチンによる併用なしで使用できるようになりました。
ブロックバスターには遠いですが、売り上げは順調に上がりつつあります。(2019年は約25億円)
レパーサが画期的新薬であることは疑いがありません。
ただレパーサが必要とされる患者さんは全ての脂質異常症の患者さんではなく、ある程度限定された患者さんだったということです。生活習慣病治療薬といっても、その中で需要があったのは一部だったのですね。
ちなみにイギリスにおいては一部の限定された方以外には保険が通りません。費用対効果を考えての措置ですね。
株式運用における視点
さあ長い前置きでしたが、ここからが本題です。
上記の事例を踏まえて、株式運用の観点で必要なことは何でしょうか?
私は「薬剤の売り上げポテンシャルや売り上げ予測の妥当性を十分に検証しなければならない」ということだと考えます。
・バイオベンチャーの掲げる画期的新薬は売り上げにつながるのか?
・バイオベンチャーの売り上げ予測は妥当なのか?
よく考えるべきだと思います。
例えばサンバイオの外傷性脳梗塞に対する治療薬は画期的ではありますが、承認されてもブロックバスタークラスの売り上げは期待できません。
そんなに患者がいないからです。
ここでいう患者は外傷性脳梗塞の患者の中から、この薬が使える人、そしてその中で実際に使う人のことです。
これから株価が急騰したとして、将来的にその株価を維持できるか、それだけの売り上げを確保できるかは疑問は残ります。だから昨年10,000円を超えた時点で必ず崩れる確信はありました。
もっとも、短期的には薬が出れば跳ね上がるのがベンチャーですので、どこで逃げるかの見極めが大事ということでしょうね。
上手く波に乗れる方は、大変な利益を稼げるのだと思います。
なおサンバイオの薬がよい結果をもって世に出れば、それが素晴らしいことには変わりありません。ここではあくまで売り上げと株価への貢献という観点で例に出しております。
まとめ
どこかで記載しましたが、「画期的な薬剤が必ずしも売れるとは限らない」のです。
それは販売戦略の良し悪しにもよりますが、もっとも重要なことは「需要と供給があっているか」だと思います。
患者さんや医療現場から求められている薬剤でない限り、どんなに素晴らしい薬剤であっても売れないのですね。
開発戦略を立てるときのターゲットプロファイルは非常に重要ということです。
アステラスさんがレパーサの開発を始めるとき、限定された適応を敢えて狙っていたのか。生活習慣病の治療薬ということでブロックバスタークラスを狙っていたのか?それは現場の人にしか分かり得ませんが、この医薬品の開発コストや会社規模を鑑みるに、限定された適応を敢えて狙ってGoサインを出したとは考えにくいと思います。
薬剤が売れるということは、すなわち患者さんに使用されるということになります。
患者さんの少ない疾患に対する薬剤もありますので、「売り上げがその薬の価値と等価になるわけではありません(売り上げが低いからといって必ずしも使われていないわけではない)」が、使われない薬剤に価値はない!と思います。
製薬会社やバイオベンチャーの株を購入する際は、パイプラインの有用性だけではなく、その先の売り上げも意識するとよいのではないでしょうか。
明日から旅行にいくので、コメント等の反応が遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。