審査報告書から考察する記事、重めの内容だから敬遠されるかと思いきや、結構幅広い層から人気があります。
1記事あたりの負担がそれなりに大きいのですが、個人的にも興味があるところなので、たまに投稿していくことにしました。
ただ薬のセレクトが難しいのですよね。
あまりにもマニアックなものを取り上げても、一部の医療従事者を除いて誰も興味ないでしょうし、
かといってありふれた内容のものを取り上げても面白くないでしょう。
参考までにこれまで取り上げたものの例を挙げます。
- コラテジェン
- ゾルゲンスマ
- ヒドロキシクロロキン
- アビガン
- シルガード
ほら?どれも癖が強い子でしょ?
上記に並べるかは分かりませんが、今日は国産初の核酸医薬品ビルテプソを取り上げてみます。
ビルテプソはデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)で適応を取得しましたが、
試験のデザインに勝利のカギが潜んでいると私は思います。
その辺も踏まえてみていきましょう!
なお興味のある薬があったらぜひ教えてくださいねー!
もしかしたら採用するかも?
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)について
まずは対象疾患の詳細について見てみましょう。
DMDはジストロフィン遺伝子の変異により機能的なジストロフィンタンパク質が産生されないX 連鎖性劣性遺伝の筋疾患です。
遺伝性の疾患であり、
「ジストロフィンがきちんと産生されないというところがポイント」です。
このことを覚えておいてください。
新生男児の3,500 人に1 人が罹患し、筋ジストロフィーの中で最も発症頻度が高いと言われています。
3,500人に1人というのはそこまで少なくはない頻度ですね。
DMD患者さんは、5歳頃に運動能力のピークをむかえ、その後緩徐に症状が進行し10 歳頃に歩行不能となります。
さらに呼吸筋や心筋の障害も加わり、呼吸不全や心不全で亡くなってしまうのです。
進行予防にステロイドのプレドニゾロンが2013年に適応を取得していますが、あくまで進行の予防です。
根本的な治療法はなく、重篤な運動機能障害、嚥下障害、痰の詰まり、消化管障害などが併発する難治性進行性疾患なのです。
ここに切り込んでいったのがビルテプソというわけです。
ビルテプソの概要
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の根本的な治療は、遺伝子欠失あるいは重複変異などをDNA レベルで修復し、「正常なジストロフィンタンパク質の全長を産生させる」ことです。
つまり遺伝子治療が必要になるということですね。
しかし、ゲノムDNA 上の変異の修正は現時点では技術的に困難です。
そこでmRNAレベルで変異を修正する手法として、エクソンスキッピング治療というものがあります。
配列特異的に設計したアンチセンス人工核酸を用いてmRNA上の特定のエクソンを読み飛ばし、全長は短縮するものの「機能するジストロフィンを発現させる」ことで、
患者さんの状態を「重症のDMDから比較的症状の軽いベッカー型筋ジストロフィー(BMD)の状態へ移行させる」ことを目的としているのです。
ビルテプソはエクソン53 を標的にしたアンチセンス人工核酸であり、エクソン53スキッピング活性により、ジストロフィン(正常よりも短くはなるけど)を発現させて、
疾患の進行を抑制するとともに疾患の状態の改善させよう!というお薬ですね。
開発の経緯
年月日についてはマスキングが激しかったため、臨床試験を並列してまとめます。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が first-in-human 試験として、
DMD患者を対象とした国内第I 相試験(NCNP/DMT01)を2013 年6 月から実施しました。
これは医師主導治験でしたね。
NCNP/DMT01 試験の結果、日本人DMD患者に対する本剤20 mg/kg を週1回、12週間静脈内投与の安全性が確認され、
20 mg/kg 群の1 例において、エクソン53 スキッピングとジストロフィン発現が確認されて有効性が示唆されました。
想定された結果が出せたということですね。
そこで、日本新薬は本剤の開発を継続することとし、
日本人DMD 患者を対象とした国内第I/II 相試験(NS065/NCNP01-P1/2)を2016年から実施しました。
海外においては、DMD 患者を対象とした海外第II 相試験(NS-065/NCNP-01-201)をアメリカとカナダで2016年12月から実施しています。
これら臨床試験の結果、日本人と外国人で本剤の薬物動態に明らかな相違はなく、
DMD 患者に本剤80 mg/kg を週1 回投与することによりジストロフィン発現が確認され、
運動機能の改善や維持につながることを示唆する結果が得られました。
ここは大事です。
運動機能の改善や維持、ではなく、
そこに「つながることを示唆する結果を出した」のです。
また、安全性プロファイルにおいても日本人と外国人で大きな違いは認められなかったことから
海外臨床試験の成績を利用して、DMD を効能・効果として医薬品製造販売承認申請を行うこととしました。
本剤は国内では先駆け審査指定制度の対象に指定され、希少医薬品にも該当しています。
アメリカではファストトラックに指定され、また希少疾病用医薬品、希少小児疾患にも指定されています。
そのため、2019年2月よりローリング申請を開始し、2019年12月に完了しました。
参考:オーファン・ドラッグ
有効性/安全性
有効性と安全性について、国内の試験を例に見てみましょう。
(国内第I/II 相試験(NS065/NCNP01-P1/2))
5歳以上18歳未満のDMD 患者(自立歩行の可否は問わない)を対象に、有効性、安全性及び薬物動態の検討を目的として、オープンラベルの用量設定試験を国内5施設で実施しています。
本剤40または80 mg/kg を週1回、24週間静脈内に投与する試験です。
各群8例の計16例の試験です。
オープンラベルで例数も少ない試験です。
条件付き早期承認制度を活用して承認を得ています。
なお再生医療等製品の条件付き・期限付き承認とは異なります。
有効性の主要評価項目であるジストロフィンの発現及びエクソン53 スキッピング効率は、
各群半数(各4 例)が12 週後、残りの半数が24 週後に測定しています。
ウェスタンブロットによるジストロフィンの本剤投与前後の変化量の平均値(SD)は、全例で1.456%(3.132%)、40 mg/kg 群で0.126%(2.769%)、80 mg/kg 群で2.785%(3.051%)であり、
80 mg/kg 群においてジストロフィンの発現の有意な増加が認められています(P=0.0364)
ウェスタンブロットによるジストロフィン発現量及びRT-PCR によるエクソン53 スキッピング効率は用量及び投与期間に依存して増加する傾向が認められています。
また、24 週後にジストロフィン測定を行った被験者において、ジストロフィン発現量が大きい被験者ほど時間機能検査(床上起き上がり時間及び10 m 歩行/走行時間)の減少が小さい傾向が認められています。
安全性では、有害事象発現率は両群共に87.5%(7/8 例)、副作用発現率は40 mg/kg 群37.5%(3/8 例)、80 mg/kg 群75.0%(6/8 例)でした。
しかしGrade3 以上、亡くなったり及び治験薬の投与中止に至った有害事象は認められませんでした。
重篤な有害事象として80 mg/kg 群で上気道感染が1 例認められましたが、治験薬との因果関係は否定されています。
さて、この薬は何の薬だったでしょうか?
筋ジストロフィーの薬ですね?
だから症状の進行の抑制や機能改善を求めているわけです。
しかしそのあたりが示されていないことに疑問を持ちませんか?
ジストロフィンが発現されないから、ジストロフィンを増やせばいいじゃない?
というのは最もなのですが、それが機能改善につながらなければ意味はないのです。
私の感じた疑問をまとめると次の通りです。
この点についてまとめてみましょう。
考察
評価項目の変更の妥当性
DMD治療薬の医薬品開発において、
特に開発後期の臨床試験の主要評価項目としては「6分間歩行距離が標準的に使用されてきた」ものの、
「プラセボに対する優越性が検証された品目は存在していません」。
つまりこの評価項目では、「過去に数々の治験薬が失敗してきた」ということです。
だからこれを避けたわけです。
ここがビルテプソが成功できたカギだと個人的には考えています。
FDA におけるDMD 治療薬開発のためのガイダンスにおいても、
ジストロフィン異常症(DMD、BMD、ジストロフィン遺伝子関連拡張型心筋症等)の医薬品開発において、
組織レベル等で骨格筋の量を確実に反映するバイオマーカーは、
十分な科学的エビデンスと許容可能な分析法で裏付けられる場合には、
迅速承認を支持する代替エンドポイントとして有益である可能性がある旨が記載されています。
当該ガイダンスでは、検証的試験では臨床的な機能評価に関連する評価項目を主要評価項目に設定することを推奨しているものの、
いずれかの評価項目を具体的に推奨しているわけではありません。
そして実際に本剤と類似した作用機序のオリゴヌクレオチドであるeteplirsenは、ジストロフィン発現を主な有効性評価として迅速承認されているのです。
つまり「別のエンドポイントを提示することは間違っていないぞ!例えばジストロフィン発現なんてどうや?」ということです。
日本新薬の賢い戦法が見えてきましたか?
日本新薬は「これまでの治療薬候補がやられてきた評価項目を避けて、別のエンドポイントとしてジストロフィンの変化量をセレクトした」ということですね。
ジストロフィンの変化量を主要評価とする妥当性
本剤は、DMD 患者において、エクソン53 スキッピングにより、正常より短鎖であるものの、ジストロフィンタンパクの発現を増加させることで有効性を示すと考えられていました。
また本剤投与により産生される不完全長のジストロフィンを有するBMD 患者の公表文献では、
いずれのBMD患者も歩行可能で、重症度に関しても無症状又は軽度の症例が確認されていたことから、
本剤投与により産生されるジストロフィンタンパクは生理機能を有していると考えられるとしています。
つまり「ビルテプソにより、ジストロフィンが増える」。
そしてその「増えたジストロフィンは生理活性を持ち、症状の改善に寄与している」ということですね。
さらに、女性保因者は、X染色体に正常なジストロフィン遺伝子と異常なジストロフィン遺伝子を有しており、
正常なジストロフィン遺伝子があるX染色体が不活性化される割合が高いとジストロフィンの発現が少なくなり症状を発症することが知られています。
症状を発症した14例の女性保因者のジストロフィン発現量、臨床表現型及びX 染色体の不活性化の関連性を評価した報告では、
発症保因者のジストロフィン発現量は正常の3~76%と幅があり、正常の3~5%であった発症保因者4例の重症度は重度が1例、中等度が2例、軽度が1例で、
「典型的なDMD と比べ病態が軽度な患者が存在」しています。
以上から、測定法の差異により厳密な比較は困難ですが、
「正常の3~5%程度等、少量のジストロフィン発現を確認することにより、DMD 患者において予後の改善が期待できる」としたのです。
ジストロフィンの発現が症状改善につながる。
だから「ジストロフィンの発現を見ることが、症状の改善を見ることになる!」
ということですね。
そして「3-5%の改善でも予後の改善が期待できるという結果がある」わけです。
苦しい。
やや苦しいか?
でも機構はこれで納得しました。
もちろんこれまでは根本に対する治療ではなかったから機能評価を見ていたという見方もできます。
ビルテプソはジストロフィンを増やすという根治的な部分に影響するので、そこを見るというのは当然ともいえるかもしれません。
いずれにせよ、日本新薬はこれまで失敗してきた主要評価項目(6分間歩行距離)をジストロフィン変化量に切り替えることに成功したわけです。
そして見事ジストロフィン変化量で有意差を示すことができ、無事に承認されたのですね。
上記踏まえて、有効性と安全性について簡単にまとめると下記のようになります。
承認条件
承認条件についてまとめます。
下記を条件として、「エクソン53 スキッピングにより治療可能なジストロフィン遺伝子の欠失が確認されているデュシェンヌ型筋ジストロフィー」を適応として、条件付き承認が得られています。
承認条件
- 医薬品リスク管理計画を策定の上、適切に実施すること。
- 国内での治験症例が極めて限られていることから、再審査期間中は、全症例を対象とした使用成績調査を実施することにより、本剤の使用患者の背景情報を把握するとともに、本剤の安全性及び有効性に関するデータを早期に収集し、本剤の適正使用に必要な措置を講じること。
- 本剤の有効性及び安全性の確認を目的とした臨床試験及び国内レジストリを用いた調査を実施し、終了後速やかに試験成績及び解析結果を提出すること。
参考:RMP
まとめ
さて今日は初の核酸医薬品ビルテプソについて見てきました。
これまでに先人が失敗を重ねてきた評価項目を変更し、見事に勝利を得たビルテプソ。
機能評価はあくまで副次的評価項目としており、根治的な改善と考えられるジストロフィンの増加が、実際に機能の改善につながっているかは、まだ議論が必要な部分かもしれません。
そして少ない例数とオープンラベルの試験。
条件付き早期承認制度の活用。
みなさんはこれをどう評価しますか?
私としては、根治的な治療がなかったDMDに対する治療薬として、一定の有効性を示すことができたビルテプソが承認されたことは、喜ばしいことかと考えています。
条件付き早期承認制度はこのためにあると言っても過言ではないですしね。
※「条件付き早期承認制度」とは、患者数が少ないなどの理由で第3相試験などの検証的臨床試験を行うことが難しい医薬品・医療機器・再生医療等製品について、
発売後に有効性・安全性を評価することを条件に承認する制度のこと。
※当ブログにおける見解は個人的見解であり、所属する企業の見解ではございません。また特定の銘柄の購入を推奨するものではありません。