本記事はレプリコンワクチンであるコスタイベについて解説した中編記事です。
前編ではレプリコンワクチンの概要や自己増幅性の制御、残存性についてみてきました。
中編でも前編と同様に審査報告書をもとに簡単に解説していきます。
前編はこちら
中編の主なポイントとしては、臨床データパッケージになります。
これが分からないと国内で初回免疫を確認していない!ベトナム人でしか試験してない!とか騒がれることになります。それが問題ないことを解説しましょう。
すみませんが、有効性/安全性は長くなるのでまた次の機会にします。
なお本記事は業界外の方でも理解できるように、多少表現を丸めている部分もあります。
詳しくはおおもとの審査報告書をご覧ください。
無料で誰でも閲覧することができます。
なお、本記事は前編より格段に難しくなります。
ギブする方は黄色ハイライトのみご覧ください。
3つのワクチン
まずは対象となるワクチンが複数ある点について解説します。
いきなりですが、これがなかなかややこしく、混乱を招くのです。
COVID-19に対するワクチンとして、ARCT-021、ARCT-154(これがコスタイベ)及びARCT-165の「3つのRNAワクチン」が今回創出されました。
ARCT-021、ARCT-154及びARCT-165は、いずれもVEEV由来のレプリカーゼとSARS-CoV-2のSタンパク質をコードする自己増幅型mRNAワクチンで、これらはSタンパク質の配列の一部のみに差異があります。
ARCT-021は、起源株のSタンパク質をコードした開発候補のワクチンです。
ARCT-154及びARCT-165は、ARCT-021に免疫原性の向上を目的とした変更(開発時点の流行株の変異と、抗原の構造保持と分解防止のための変異を導入)を加えています。
つまり、ちょっとだけ違うのです。
そして違うワクチンで臨床試験を実施しています。
しかし組成が同じLNP製剤(前編参照)であり、主な相違はSARS-CoV-2のSタンパク質の配列の一部のみであることから、WHOガイダンスやFDAガイダンスを踏まえ、ARCT-021及びARCT-165のデータもARCT-154(コスタイベ)の臨床開発に利用できたのです。
簡易まとめ
・今回開発された「ワクチン」は3種類あった
・違いはSタンパク質の配列の一部のみ
・臨床試験は異なるワクチンを対象として実施されているものもある
・国際的なガイダンスを踏まえ、厳密には同一ではないワクチンでもデータをまとめられた
臨床データパッケージ:初回免疫
では実際に申請に用いられた臨床データパッケージを見ていきましょう。
まずは初回免疫した際の発症予防効果の確認から。
初回免疫については、コスタイベの有効性、安全性及び免疫原性を検討した「海外」第Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ相試験(ARCT154-01試験)を主要な試験とし、ARCT-021の臨床試験(ARCT-021-04試験、ARCT-021-01試験及びARCT021-02試験)の用量設定及び安全性データを用いて、コスタイベの初回免疫として承認申請しています。
「初回免疫した際の発症予防効果」は国内で確認してないのです。
ここで発狂ゲージが溜まり始める人が出てきます。
まぁ落ち着け。一緒に考えてみましょう。
日本では多くの方が既にワクチン接種を行っています。
そのような状況で「未接種を対象とした初回免疫した際の発症予防効果を確認する」臨床試験を行うことが困難です。
いや、私は打ってないぞ!というやつが、ここまで記事を読んでいるとは思えませんが、そういう未接種の人も中にはいますよね。
だからかき集めれば、未接種の人を治験に組み入れるのは理論上は可能ではあります。(自然免疫の問題もあるけど…)
でもでも。それが現実的だと思いますか?
ワクチンが開発され、COVID-19の拡大を防ぐために、接種が推奨され、はや数年。
そのような環境や状況にもよらず、かたくなにワクチン接種をしてこなかった、やば…ではなく、えー、あー、特別なお考えをお持ちの方々が、新しいワクチンを接種する可能性がある治験に参加するはずがありません。(もちろん体質等で打ちたくても打てなかった人も。)
先進国でこのような治験実施はもはや難しいのです。
ではどこで治験を実施したのでしょうか。
実は第Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ相試験(ARCT-154-01試験)では、ベトナムでベトナム人が対象で実施されたのです。
日本人対象じゃないじゃん!!
ここでまた発狂ゲージが溜まり始める人が出てきます。
しかし既に日本人で確認しなくても大丈夫。というところを既に握っておりました。
既承認RNAワクチンであるコミナティとスパイクバックスでは、人種や民族によるサブグループ分析で臨床的に意味のある有効性及び安全性の差は確認されていなかったのです。
したがって、ベトナム人におけるコスタイベの有効性、安全性及び免疫原性の臨床試験成績は、多様な集団における潜在的な性能を予測しうると考えられたというわけです。
そして日本人に対する有効性や安全性は「追加免疫」を確認することで満たしましょう。ということになりました。
臨床データパッケージ:追加免疫
追加免疫についても、実は感染症予防ワクチン特有のややこしさがあります。
追加免疫では「発症予防効果」は見ていないのです。
代わりに中和抗体価を見ています。
これは一部界隈が発狂していた、発症予防効果が臨床試験で確認されていない!!というあれと同じです。
もちろんこれが妥当であることは世界的にコンセンサスが得られています(ICMRA COVID-19 Virus Variants Workshop. 24 June 2021)。
SARS-CoV-2 ワクチン接種による血中抗 SARS-CoV-2 中和抗体価がCOVID-19 発症予防効果と相関性については、SARS-CoV-2 ワクチン開発開始時には確認されておらず、まだあやふやなところではありました。
そのため2020年頃には下記のような議論がありました。
・感染症予防ワクチンの有効性は、原則として発症予防効果を主要評価項目として評価を行うものであり、
COVID-19 の発症予防効果について代替となる評価指標が明らかになっていない現状においては、
原則として、SARS-CoV-2 ワクチン候補の有効性を評価するために、COVID-19 の発症予防効果を評価する臨床試験を実施する必要がある。
コミナティが海外で承認された際は、上記原則に基づいていました。
なおコミナティが国内で承認された際に提出された国内試験のデータには、日本人で発症予防効果を確認した試験は含まれていませんが、下記の考えをもとに認められています。
・海外で発症予防効果を主要評価項目とした大規模な検証的臨床試験が実施される場合には、
国内で日本人における発症予防効果を評価することを目的とした検証的臨床試験を実施することなく、日本人における免疫原性及び安全性を確認することを目的とした国内臨床試験を実施することで十分な場合がある。
さて、時は巡り、日本では下記の通知が出されました。
「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの評価に関する考え方(補遺3)免疫原性に基づく新型コロナウイルスワクチンの評価の考え方」(医薬品医療機器総合機構、令和3年10月22日付け)
内容を軽くまとめますと、
追加免疫について、既承認の SARS-CoV-2 ワクチン接種による血中抗 SARS-CoV-2 中和抗体価がCOVID-19 発症予防効果と相関性を示すことが徐々に明らかとなってきたこと(Vaccine 2021; 39: 44238、Nat Med 2021; 27: 1205-11)を踏まえ、
発症予防効果が示されている既承認のSARS-CoV-2 ワクチンを対照薬として、免疫原性を指標とした有効性評価を行う免疫ブリッジングの活用が可能とします。ということです。
※既承認ワクチンを対照とする臨床試験において、COVID-19 発症を指標とする非劣性検証を行うためには、プラセボを対照とする場合より多くの被験者数及び試験期間を要するとの報告もありました。(Clin Trials 2021; 18: 335-42)。
具体的には、
日本人対象に、既承認ワクチン対照で、免疫原性を確認すればよい。
ということですね。
そこで、コスタイベの追加免疫試験であるARCT-154-J01試験では、
18歳以上の日本人を対象として、既承認SARS-CoV-2 ワクチン(コミナティ又はスパイクバックス)で初回免疫、3回目はコミナティを接種し、少なくとも3カ月以上経過した被験者を対象とし、免疫原性に基づく評価指標を用いて、コミナティに対する非劣性を検証したのです。
また、コミナティで初回免疫を5カ月以上前に完了した21~65歳の健康成人被験者を対象としてARCT-154を1回追加接種した際の免疫原性及び安全性を評価したARCT165-01 試験コホートBについても追加免疫のデータパッケージとしております。
と、今日はここまで。
簡単にしたつもりですが、内容的には少し重かったかもしれません。
でも、データパッケージを理解しておかないと、「有効性/安全性」は分かりません。
むしろデータパッケージを理解すれば、おのずと確認するべきデータも分かりますし、機構との議論も理解しやすくなります。
界隈の陰謀論も何個か砕けるようになりますので、ぜひ着目してみてくださいね。